第14話 蟻に敗北

 そのダンジョンは村の裏門から三十分程歩いた場所にある。

 人気の無いダンジョンであり、実際に来てみると全く人気は無い。来るまでの道もほとんど整備されていない。

 道の先の開けた場所に大岩がデンッと有り、大岩が口を開けてるかの様に入り口があった。

 集めた情報によると、虫型の魔物が中心のダンジョンで、訪れる人はほとんど居ない。理由は毒や酸、腐食液といった厄介な攻撃をしてくる割に、美味しい素材がほとんど無いから。更に単体では弱くとも群れて襲って来るらしい。

 ただ、地下一階では毒持ち等の厄介な攻撃をする魔物は出ないらしい。


 そう……色々悩んだ結果、私は今、ダンジョンの入り口に立っている。 

 人型のゴブリンに武器を向けるのは怖い。

 でも、虫なら踏み潰せる。そんな小物感溢れる考えでやってまいりました。


 中に入ってみる。

 岩の中は人工的な石造りの部屋となっており、これまた人工的な造りの階段が有る。その階段を下り、小部屋を出ると洞窟と言った感じの道へ出る。

 洞窟は人工的な感じはない。じゃりじゃりと足元に荒い感触が伝わる。音もなく静かに移動するのは難しそうだ。

 既に地上の光は届いておらず漆黒の闇の中……なのだが……。


「……普通に見えるね」


 厳密には暗いと感じるし、視界が白黒ぽくなっていくものの、はっきりと周りが見えるのだ。


「これもPERのおかげ? いや、これは悪魔の種族特性かな?」


 悪魔が暗闇の中で周りが見えない、というイメージは無いからね。

 光源が必要無いというのは便利だ。ダンジョン攻略に向いてるかも。

 臭いを意識すると、虫の生臭い臭いが漂っている。小学生の頃に、カブトムシを飼っていた時の臭いに似てるかな。

 しばらく進むと、目の前にのそりと大きな蟻が現れた。


「うぎゃぁ!」


 デカイ。キモイ。

 やっぱアレ、魔物だよね?

 いや、ギルド情報でこのダンジョン一階の魔物は大型の蟻だと聞いてるから、その蟻の魔物で間違いないんだろうけどね。

 体長は一メートル程。触角と顎をギチギチさせながら、何を考えてるか分からない、無機質な瞳でこちらを見ている。

 ……めっちゃ不気味。虫は特に苦手では無かったが、ここまで大きいと凄く気色悪い。

 でも……アイツなら遠慮無く攻撃出来そうだ。

 そんな事を考えていると、鋭そうな顎で噛みついてきた。


「うわ! 怖!」


 鋭く尖った顎で噛みつこうとしてくる蟻。

 ショートソードを突き出す。

 ザクッっと胴体を突き刺す。

 少し、硬そうな抵抗があったが、奥まで突き刺せた。


「よっし! 楽しょ……うわぁ!」


 ガチガチと顎を私に向けて来る巨大蟻。

 まだ生きてる!

 胴体にショートソードが刺さってるにも関わらず、暴れ、私の腕に噛み付いてくる。キモッ!


「まじぃぃいい!?」


 腕に噛み付いた蟻を振りほどく為、洞窟の壁に力一杯、蟻を叩きつける。


 ズガァアアアアン!


「ぅひぃ!?」


 凄まじい音と共に、蟻は体液を撒き散らしながら粉々になった。


「……はっ……はぁ……ふぅ~」


 ……魔物戦初勝利……かな?

 訳が分からないうちに終わってしまったけど。


 結構キモかったけど……やっぱり、人型ではなく虫だと攻撃出来るな。

 魔物とはいえ、命を奪うという行為。そこに本来、人型とか虫であるかどうかなんて関係ないのだけど……まあ、そういう哲学的だったり倫理的なのは今は考えないでおこう。そんな余裕は無い。

 そう、まずはお金稼ぎ。ともかく今は生活できる様にならなければ。

 こいつが只の巨大蟻でなく、魔物であるなら体内に魔石があるはず。魔石を回収してお金に換金せねば。


 考え事をしてた間に、粉々になって、あちこちに散らばってた蟻の身体はダンジョンに吸収されたようだ。この世界のダンジョンで魔物を倒すと、魔石とドロップ品を残して、魔物の身体はダンジョンに吸収される。前世の感覚では摩訶不思議極まりないが、この世界ではこれが常識。そういうものなのだ。

 辺りの地面を探すと、一センチ程の赤黒い小石を見つけた。異世界常識ですぐ分かった。これが魔石だ。

 魔道具の燃料等に使われる、この世界のエネルギー源だ。他にもいろいろ使い道があるらしい。

 因みにドロップ品として蟻の甲殻も落とすらしいのだが、これは確実では無く、今回はドロップしなかったようだ。というか甲殻が残らない程に粉々にしちゃったからドロップしなかったのかな?


「よっし。小さいけど初めて手に入れた魔石だ」


 ポケットに入れてた布の小袋に魔石を入れる。この調子で魔石を集めよう。

 と、そう思った時、ワサワサと気配を感じ、その方向に振り向くと、蟻の大群がうじゃうじゃとこちらに向かって来た。


「――ちょ、多い!」


 先頭の蟻が顎で噛みついてくる。

 それをショートソードで弾き飛ばす。

 次々と続いて噛みついて来る蟻をひたすら弾く。

 斬ったり刺したりする余裕なんて無い。

 ショートソードが短く、足元を這ってくる蟻を攻撃しにくい。

 

「ぅわだだだだ」


 捌ききれず、左右から回り込んできた蟻に足を噛まれる。

 足に噛み付いた蟻を洞窟の土壁に叩きつける。

 天井を這って来た蟻にも組み付かれる。

 そうこうしてる内に、数匹の蟻に纏わり付かれる。


「わ、わ、このっ」


 こうなったらもう武器で斬るも何もない。

 ひたすらショートソードで蟻を叩きつけ、自ら壁に蟻ごと体当たりする。

 そうしてようやく蟻を全部倒した。


「……ふー……一匹ならともかく、あんなにうじゃうじゃ来ると……」


 言い終わる事もドロップした魔石を拾うことも出来ないまま、またザサザサと蟻が迫る気配を感じる。


「ちょ、まだ魔石も拾ってないのに!」


 ダンジョンの入り口の方へ走って逃げる。

 そしてダンジョンの外まで出た。人工的な部分――階段とかまでは基本的に魔物は追ってこないはずだが、不安と恐怖で外まで来てしまった。


「はぁ……あの数の暴力はキツイや」


 突き刺しても斬っても、一撃で倒せないのが辛いな。

 いや、頭を胴体から斬り落とせれば一撃だろうけど、動いてる蟻にそんな器用な真似出来ないって。


「あ……」


 ショートソードを見ると、あちこち刃こぼれが有り、刀身が曲がっていた。刃だけでなくあちこちに欠けた所もある。

 あちゃぁ……さっきがむしゃらに叩きつけたもんな。

 そういえばダンジョンの壁にも当てちゃった気がする。

 近くの岩の上にショートソードを置き、足で押さえつけながら曲がりを修正してみる。


「……余計な事をするんじゃなかった」


 一応、微妙に真っすぐになった気がするが、柄と鍔と刀身の接合部がグラグラになってしまった。


「これ、修理を頼めるのかな?」


 まだ時間は昼にもなっていないが、武器が無くてはどうにもならない。


 次に体を見てみる。

 体にも服にも蟻の緑色の体液と、紫色の何かがこびり付いてて、ドロドロである。


 ……うん? 紫?

 この紫色のは何?

 緑色のは付着した箇所的に蟻の体液だろうけど、この紫のこびり付きはなんだろう?

 心当たりは、取りつかれた蟻を振り払う為に、ダンジョンの壁に腕を擦り付けて……。


「……まさかね」

 

 ……いや、ほんとまさか……。

 思い違いであって欲しい。

 蟻の体液とは別に蟻の毒とか酸とかかな?

 ……いや、ギルド情報では一階の蟻は毒や酸は持っていないはずだ。


 ……これは確認しないといけないな。

 辺りを見渡し、誰も居ない事を確かめる。

 ローブとシャツの袖を捲って、紫のこびり付きのある辺りの右腕を出す。


「あれ?」


 綺麗な……傷一つない雪の様な白い腕である。


 ……おかしい。


 確かに、この右腕に噛み付いた蟻を振り払う為に、腕ごと洞窟の壁に擦り付けた。

 その際、力が入り過ぎて出血したような痛みがあったのだが……。

 その証拠に、ローブとシャツのその辺りの部分は、紫のこびり付きと共に擦れ破けている。


「……ふむ」


 背負い袋からナイフを取り出して、左手に持ち、右腕を軽く斬……。


「あれ?」


 ……斬ったつもりだったが……斬れていない。

 今度はそれなりに力を入れて斬ってみる……斬れない。


「ううん?」


 そのナイフで近くの葉っぱを斬る。

 スパリと斬れる。

 もう一度、自分の腕で試してみる……斬れない。


「……えぇ?」


 うまく表現できないが……腕にナイフを押し込むと、人肌の柔らかさと弾力はあるのに、それ以上の損傷を加える段階になると、硬くなって傷が付けれない感じだ。 

 これはVITのパラメータによる物理防御力によるものなのかな?

 まさか、ナイフで斬れない程とは。


 でも、今、確認したいのは違う事だ。


 今度は、親指を口に咥え、歯を立て力を入れる。

 痛みと共に、親指から血が滲み出る。


「……………………あ………………うわあぁ」


 頭を抱えてしまう。

 私の血の色を見て。


 血の色は………………紫だった。

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