第6話 転生しました

 真っ白だった視界が晴れていく。

 頬に風を感じ、樹木の香りがする。

 辺りを見回すと木が沢山。

 森に囲まれた小高い丘の上に一人で居るようだ。


 少し頭が痛い。

 ……そうだ。本当に異世界転生したんだ。

 この『エルウェスタ』という世界に。

 

『最低限の一般常識もインストールしてやろう』


 神様がそんな事を言ってたな。

 常識をインストールするなんて、勝手に頭の中を操作されてるようで何気に怖い。

 この頭痛はそのインストールの影響なのかもしれない。今までに無かった知識が一気に脳内に記録された痛みなのだろうか……。

 ただ、その事によって、自分が異世界転生したという事実をハッキリと自覚出来た。

 それに草木の臭いや風の感触がリアル過ぎる。

 異世界転生なんて夢の様だが、でも現実に起こったのだと実感した。


 今居る丘から辺りを見回すと、森の切れ間に木の塀が見え、その向こう側にいくらか建物が見える。

 おそらくあそこが<転生先>で選んだ村なのだろう。時間に余裕が無かったから、村の名前は憶えていない。


「まずはあの村に……って……ええ!?」


 驚いた……自分の声に。

 記憶にある前世の声より、明らかに高く、澄み切っていて、それでいてほんわかした感じ……。

 

「あーあー……これ、やっぱり私の声だよな?」


 一応、周囲を見ても自分以外誰も居ない。

 この声を出しているのは、間違いなく私の様だ。

 なんともまあ……可愛らしい声になってしまったものだ。


「うーん、違和感が凄い……。そうだ、村に行く前に身体の確認だ」


 身長が低くなったのか視線が低くなっている。

 すらっとした手足はかなり細い。

 そして……胸が膨らんでて、男に有るべきものが無くなっていた。


「本当に女になってるよ……」


 ……うーむ……やっちまったか? 

 四十五歳で性別変更って……。

 TPに釣られて、深く考えずに女にしてしまったけど、この先かなり不安。


 ま、まあ……とりあえず女になってしまったのはどうでも良い。

 いや、全くもって、どうでも良くはないのだが……ただ、今はそれを遥かに上回る、超弩級の大問題について考えなくてはならない。

 そう、性別変更と同時にもう一つ設定した事――。

 

 私の種族は悪魔。


 よく考えると、これは性別変更以上にやばい。

 いや、よく考えなくても滅茶苦茶やばいよな。

 何故悪魔にした。私。

 まあ、能力が良さそうだったのと、時間に追われて焦ってたからなんだけどね。

 インストールされた異世界常識によると、悪魔に関しては漠然と神の敵対者としての悪役というイメージのみ。

 まあ、最低限の一般常識って神様も言ってたしね。というか神様が転生によって神の敵対者を生み出した……って事にならね? 

 インストールされた異世界常識は、どうやら人族や獣人等のこの世界の多数を占める種族基準の常識のようで、悪魔基準での常識はさっぱり分からない。

 つまり、悪魔は一般的に存在する種族ではないという事だ。

 うーん、この世界の悪魔はどういう存在なのか……。

 あの白い空間で、種族を悪魔に設定した時のメッセージを思い起してみる。

 

【反社会的種族デメリットによる特別ボーナス<TP>30を付与します】


 確かこんな感じだった。

 うん、この世界の悪魔は一般社会に受け入れられない種族なのは確定である。

 これは絶対やばい。

 先程から何度もやばいやばいって言ってるけど、それでも言い足りないくらいやばいよ。

 キャラメイキングの時間が短すぎるんだよな。異世界常識も悪魔という特殊な種族に関しての常識には対応してないし。

 あの神様……親切な様で、なんか詰めが甘いと言うか、細かい所が……。


 ……いや、止めよう。

 神様が本当に居ると分かった以上、不敬だ。

 実際、自我を保ったままに新しい人生をくれたのだから感謝しないとね。


 改めて体を確認してみる。


 角、無し。

 尻尾、無し。

 翼、無し。


 とりあえず、隠すのが困難な物は付いていない様だ。


 肌は雪の様な美白。

 色白過ぎて、少し不健康そうに見える気がするけど、とりあえず問題は無いな。

 もし肌色が青とかだったら、どうにも隠せなかった。


 髪は女になった為か、肩よりも長くなっており……桃色というか桜色……ぶっちゃけピンクである。何故ピンク?

 まあ、異世界常識によるとこの世界の人々の髪や目の色はカラフルなので、ピンク髪は別に不自然では無い。


 少し安心。今の所、どこら辺が悪魔なのか、という感じだ。

 これなら、人族として通せるかもしれない。

 というか、人族として通すしかないのだが。


「心配なのは目かな」


 人外レベルで赤かったり、眼球と瞳の白黒が逆だったり、瞳孔が爬虫類の様だったりするかもしれない。

 でも鏡とか無いから、確認のしようがないんだよね。

 この丘から見渡した所、近くに池や川も無い。


「せめて、他の転生者と一緒だったらな……」


 転生者なら元人間だった事を理解して貰えるから、反社会的種族であっても元人間として協力して貰えるだろう。

 激しく後悔するけど今更どうにもならない。

 自ら集団の輪から外れ、誘いの言葉に背を向けたのは自分自身なのだ。

 これに関しては事前に心配していた様に、仲間内でのカースト最下位の惨めな思いをせずに済んで良かったのだと思うしか無いな。


「これ以上は……悩んでても仕方ないか」


 村に向けて出発する。村のある方向以外は全て森だ。

 村人との邂逅に不安はあるが、だからといっていきなり森に行くという選択肢は流石に無い。この後村人に追われて森に逃げ込むことになるかもしれないが……。


 因みに服装は薄茶色の長袖シャツにズボン、革のブーツ、薄茶色のフード付きローブを着ていた。

 前世の価値観だと安っぽい格好だけど、この世界ではちょっと隣の村に行く時の格好といった感じだ。

 地味な色合いだけど、厚手の服で丈夫そうなのはありがたい。

 ローブのポケットの中に、金貨一枚と銀貨五枚が入った布袋があった。異世界常識によると日本円にしておよそ十五万円程の価値である。物価の安い田舎の村なら一ヶ月は充分に暮らせる金額だけど、武器なんかも買う必要があるから潤沢とはいえないかな。

 日本の金銭感覚で表すと、


 鉄貨:十円 青銅貨:百円 銅貨:千円 銀貨:一万円 金貨:十万円


 こんな感じである。他にも大金貨とか白金貨なんかも有るが、一般的では無い。

 異世界常識で、この辺が最初から分かるのはありがたい。

 

 太陽が高く、時間は昼頃だろうか。

 でも気温は暑い程では無く、木陰に入ると空気は少しひんやりしてる。

 周りは針葉樹が多いみたいだし、やや寒い地域ぽい。


 それにしても体が軽いなぁ。

 身体能力全振りしたのと活力とかいう特性を取ったせいか、体力が満ち溢れてる感じがする。

 それに目も遠くまでよく見える。老眼が出だした前世とは大違いだ。

 目が良いのは悪魔の種族特性かもしれないけど……あ、いや……PERとかいう、感知や認知に関するステータスにも全振りしたな。そのせいかな?

 歩くのは……少し違和感が有るけど、それでも自然に歩けてるのかな?

 違和感は……なんか歩き方が変わってる……女ぽい歩き方になってる?

 前世と比べて背が小さくなってるし、骨格や体のバランスが違うのだから、前世と同じ感覚で歩ける訳は無いのだろうけど、この体が歩き方を覚えてる感じだろうか?

 違和感なく前世と違う歩き方が出来ている事に違和感が有る……と言えばいいのだろうか?

 ……まあ、都合悪い訳じゃないから良いか。

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