#800 『視点の意味』
筆者自身の体験談を一つ。
中学校の頃である。大事にしていたピンバッジを無くした。
それは一体どこで買ったのかも忘れてしまったのだが、鳳凰を形取った綺麗な細工のピンバッジであった。
それから半年ほどして、やけに奇妙な夢を見るようになった。それはどこかの高台のようで、眼下の街並みを見下ろしていると言うそんな夢。
動きも何も無い。私はその夢の中で、ただひたすらその風景を眺めているだけなのである。
夢は数年続いた。但し毎日それを見ている訳でもなく、忘れた頃にまたひょっこりとその夢が現われると言うそんな感じであった。
それから私は成人を果たし、立派とも言えないまでも社会人として暮らしていたある日の事。
たまたま仕事で向かった先のとある場所で、夢と全く同じ場所を見付けてしまったのだ。少々小高い場所にある、丘の上の公園。
間違い無くここだと、私は思った。それはまるで夢の中で撮った写真と現実を見比べているかのような、それぐらいの正確さをもって「ここだ」と断言出来る程に、同じ風景であった。
だがその地方もその場所も、私にとっては初めて来た場所であり、知っている訳が無い。
ふとその風景を眺めながら気が付く。「ここじゃない」と。実際はそこなのだが、夢の中の風景はもっとその街並みが近くに感じられていた筈。思いながら歩道を外れて芝生の中へと踏み込んで行く。そして自生する木々の間を通り抜け、やがてなだらかな斜面の始まる芝生の端まで来た頃、「ここがそうだ」と確信出来た。
見下ろせる街並みに、視界の端から覗く木々の枝。確かに夢はこの場所だと感じられる。
そうして視線を下へと移せば、草に埋もれて“何か”が落ちている。拾い上げれば私の記憶にしっかりと残っている、いつぞやのピンバッジである。
長い年月風雨にさらされて、錆びて真っ赤に変色してはいるものの、その形状はあの鳳凰そのものであった。
だがどうしてここに? 思った辺りで背後から声が掛かる。「そこで何してんだ」と。
それは見知らぬ中年男性であった。そしてその男性曰く、「縁起でもねぇからそんな場所に立つな」と言う。
「そこ、何かあったんですか?」聞けば男性は、「過去に数人、あの場所で人が死んでんだ」と言う。
――首吊りである。
ようやくいつも見る固定された視点の意味が分かったが、やはりどうしてもその錆びたピンバッジがどうしてそこに落ちていたか。そればかりが不明なのである。
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