#801 『僕の幽体離脱体験』
ある晩の事だった。ふと気が付けば僕は、どこかの駅のホームでベンチに腰掛けていた。
夢――ではない。確実に現実だと分かる感覚が、五感を通して伝わって来る。
だがここはどこだ? そしてどうして僕はここにいる? 考えても、その直前の記憶は家の自室の布団の中だ。それが証拠に、僕が身に付けている服装はいつも寝る時に着ている寝間着そのものだ。
駅のホームはとても寂しく、誰もいない暗い空間に、かろうじて足下が見える程度の微かな灯りが所々に点いているだけ。僕はそんな場所に座っていた。
どうしよう――帰らなきゃ。思った瞬間、今度こそ布団の中で目が覚めた。
あぁ、とてもリアルではあったが、やはり夢だったかと理解する。だが僕の足の裏はやけに黒く汚れていて、まるで裸足で外を歩いて来たかのようだった。
それから時折、僕は同じ夢を見た。それは決まっていつもの見知らぬ駅のベンチの上。いつも僕はそこにいるのだ。
とある晩の事だ。いつものようにその駅のベンチで我に返る。すると向こうから複数人の声がして、懐中電灯を片手に駅員さんが駆け寄って来た。
僕の顔に当たる眩しい光。あぁ逃げなきゃ――と、思った所で布団の中で目が覚めた。
これはいかんなと思い始めた頃、たまたま会社の飲み会の席で隣に座った同期の女子――A子に、その夢の話をしてしまった。するとそのA子、「意識の乖離(かいり)だね。ちゃんと自我を保たなきゃ」と言い、良い神社があるから一緒に行こうと提案するのである。
さてその週の土曜日。僕はA子に付き添ってもらいながら、某市にある有名な神社へと向かって移動した。
電車を某駅で乗り換えると、途端に乗客が減り、ローカル線な匂いが漂って来る。僕らは半ば小旅行のような気分で下らない話をしていた。すると、とある山間の駅で電車が停まった瞬間、僕の脳内に鮮烈な記憶が蘇った。
「ここだ」言って僕は電車を飛び降りる。後から付いて来たA子は、「もしかして夢に出て来る駅ってここ?」と聞いて来た。
頷く僕。そしていつも座っているベンチの前まで行き、「ここなんだ」と指を差してA子に告げると、A子はその場でしゃがみ込んでベンチの裏側を眺めた。
「お札だ」と、A子は言う。僕も膝を突いて覗き込めば、確かにそこには真新しいお札が一枚貼り付けられている。
「きっとあんたのせいだね」と、A子。僕もなんとなくそう思った。
さてその日の晩。神社でのお祈り虚しく、やはり僕はその駅のベンチに腰掛け目が覚めた。
そして僕はどうしてそんな事をしたのか、しゃがみ込んでベンチの裏のお札を剥がした。
布団の中で目が覚めると、僕の手にはくしゃくしゃに丸まった紙があり、とてもそれを広げて見るつもりにもなれず、黙ってごみ箱へと捨てた。
それから数日後、またしても駅のホームで目が覚めたのだが、何故かホームからはベンチが撤去されており、僕はその光景を眺めながら、実際に撤去されているんだろうなぁとぼんやり考えていた。
もちろんそれが本当の事かどうかは、確認しに行ってはいない。
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