#794 『開いたぁ』
とあるオフの日の出来事である。
彼女と休みを合わせてとある施設へと向かった。俗に言う、ラブホテルと言うものである。
フリータイムで早朝から夕方まで。一日中そこでのんびりと過ごす予定であった。
さて、入っていきなり二人でビールで乾杯をし、早朝からのビールの美味さに感激をしていると、突然部屋のドアがノックされた。
コンコン――コンコン――と、二回。
ノックは断続的に鳴り、「この部屋か?」と、僕と彼女は顔を見合わせた。
もしかしてロビーに何か忘れ物でもしたか? 思いドアの前まで向かい、「何ですか?」とドア越しに聞けば、ふいにノックは止む。
しばらくそこで様子を伺った後、ドアを開けて外を覗けば、思った通り誰の姿も無い。
気味が悪いなと思いながら部屋へと戻るが、また少しすると再びドアがノックされるのである。
そうして同じ事が四度繰り返され、とうとう堪らず僕はフロントに電話をした。
事情を説明すると、「絶対にドアを開けないでください」と念を押され、「別の部屋を用意します」とまで言われた。
やがてその部屋の準備が整ったのか、呼び出しのチャイムが鳴り響く。
外には作業着姿の中年女性が立っていた。「移動をお願いします」と言われ、僕らは荷物を持って部屋を出る。
「さっきのアレ、何だったんですか?」
先を急ぐ女性にそう聞けば、「何なんでしょうね」と苦笑されただけで、何も教えてはもらえなさそうだった。
――と、不意に廊下の横のドアが開く。エレベーターのドアである。
他の客が来たのかなとは思ったのだが、開いたドアの中には誰もおらず、ただ僕らの横を“誰か”が通り抜けて行くと言うそんな感覚だけがあった。
コツコツ、コツコツ――と、僕らの背後で靴音が聞こえた。そしてその靴音は先程まで僕らのいた部屋の前まで行き、そして――
コンコン――コンコン――と、ノックを二回。
あの音だ! 思い、僕と彼女は振り返る。同時にその部屋のドアノブが音も無くゆっくりと下に回り、カチャリとドアが開く。
「開いたぁ」
声が聞こえた。薄暗い廊下に響く、やけに朗らかな若い女性の声だった。
「行きますよ」作業着姿の女性は僕らの背を押し、先を急ぐ。だが僕らは聞いてしまった。
ドアが閉まり、そしてカチンとそのドアが施錠されるその音を。
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