#793 『亡くなった方はいらっしゃいませんか』

 私の祖母が、更にその祖母から聞いた話だと言う。

 ――戦時中の事だ。疎開先が空襲で焼かれ、私は仕方無く元いた家へと帰らなければならなくなった。

 故郷へと向かうトラックを待つ為、簡易停留所と呼ばれる場所で何日も野宿をした。

 辺りには傷痍軍人の姿も多く見られた。

 誰もが疲れ切って、そして絶望をその目に宿しているように見えた。

 そんな時だ。向かいにある野戦病院から看護婦が一人駆け寄って来て、とんでもない事を私達に聞くのだ。

「どなたか……亡くなった方はいらっしゃいませんか?」

 意味が分からない。どうして亡くなった人を探すのか。だがその看護婦は懸命に何度も何度もその言葉を繰り返し、そこいらじゅうに寝転がっている傷痍軍人達にそう聞いて回っている。

 とうとう堪らず私が、「何でそんな事を聞くのです」と訊ねると、看護婦はとても困った顔をして、「身体が一つ分、余っておられるのです」と言う。

 すると少し先の道端で座り込んでいる年配の軍人さんが、「そりゃあ多分、わしだ」と手を挙げた。

「まいりましょう」と、看護婦がその軍人さんの手を取る。すると軍人さんは「行かなきゃならんかの」と立ち上がり、辛そうに泣き声を上げながら病院へと向かって行った。

 やがて荷台が空になったトラックが病院の前へと停まると、おそらく中身は遺体であろう大きな包みが次々と運び出され、そのトラックに積まれて行った。

「もう、亡くなられた方はいらっしゃいませんよね?」

 先程の看護婦にそう聞かれ、私は釣られて手を挙げそうになった。

 そんな戦争末期の出来事。

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