#790 『霧の朝』

 とある秋の日の朝の事である。起きれば外は真っ白だった。

 だがそれは雪ではない。濃霧だ。その辺りではあまり珍しい事ではなく、秋口ともなればしょっちゅう山の方から霧が流れ降りて来て、麓の村をこうして包んでしまうのである。

 そんな中、きぃ――きぃ――と音が聞こえる。しかもそれは外からだ。

 私はなんとなくどこから聞こえて来ているのかが分かった。家の隣は無人の神社なのだが、そこの境内の一角に子供用の遊具がいくつか設置されており、その中の一つであるブランコが軋んで音を立てているのだろうと察したのだ。

 だがこんな朝早くに、誰が遊んでいるのだろう。しかも見ればその日の霧はいつもよりも一層濃く、視界などほとんど無いだろう。私は玄関でサンダルを履くと、外へと出て目見当のまま神社の敷地へと足を踏み入れる。

「ねぇ、今日はひどい霧だから遊んでないで家に帰りなさい」

 叫ぶとどこからか小さい女の子だろう声で、「はぁい」と聞こえて来た。

 そして走り出す足音。ちゃんと帰れるのか心配ながらも私が家まで戻れば、玄関先で母と姉が同時に、「あんた誰連れて来た?」と聞くのだ。

 どう言う意味だと聞き返せば、どうやら私よりも少しだけ早く“誰か”がこの家に入って来たらしく、小さな女の子の声で、「ただいま!」と玄関先から聞こえたと言うのだ。

「まさか」と言うが早いか、廊下の奥の暗がりでタタタッと小走りに駆けて行く足音が聞こえた。もちろんその家に住む親子三人が同時に聞いた足音だ。

 しまった、私が余計な事をしたと言う後悔が込み上げた。そしてそれは母と姉も察したらしい、「すぐに追い出そう」と言う意見でまとまった。

 母と姉は箒を。そして私はすりこぎ棒とフライパンを持ち、家中を回りながら「出て行って!」と叫ぶ。するとそれが功を奏したか、確かに玄関の方へと駆けて行き、そして戸を閉めた音が聞こえた。

「消えたかな?」と話している最中にまた外からは、きぃ――きぃ――とブランコを漕ぐ音。今度こそ私は、「ほっとこう」と言って玄関の戸に鍵を掛けた。

 以降、霧が一層濃い朝に、時折その音が聞こえる事がある。もちろん誰もその音の主に関わろうとはしていない。

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