#777 『さよなら夏の日』
両親も兄弟も健在なのだが、訳あって僕一人だけ祖父母と一緒に暮らしている。
「お前は俺に良く似ている」とは、祖父の口癖だった。酒を飲みながら祖父はいつも僕に向かってそう言っていた。
ある暑い夏の日、祖父が亡くなった。僕が高校二年の時だった。
葬儀の際、祖母は気丈にも一切涙を見せず、祖父を見送った。そうして葬儀は無事済み、祖母と僕の二人暮らしとなったのだ。
葬儀から二ヶ月程だった頃だ。夢の中に祖父が出て来た。何故か祖父は僕を近所の川へと連れて行き、大きな岩の上で一緒に釣り糸を垂れ、魚釣りをするのだ。
祖父はやけに若かった。しかも今までに見た事がないぐらいに良く笑った。
へぇ、じいちゃんもこんな笑い方するんだと、不思議に思った程だった。
目が覚めて、そう言えばじいちゃんと釣り行った事無いなと気が付く。夢にまで見せるぐらいなのだから、一回ぐらい行っておけば良かったと後悔した。
「俺、釣り竿買って来る」と祖母に言えば、「勿体ない」と、僕を蔵へと連れて行く。そしてその中に立て掛けてあった竿の一本を僕へと渡す。何故かそれを見た瞬間、夢に出て来たあの竿だと察した。
釣り道具は一揃いあった。僕はその全てを借りて出掛ける事にした。
夢に出て来た川と、腰掛けた岩には心当たりがあった。そしてそこへと向かう途中、僕はとある事に気付いた。
僕は夢の中で、祖父を見ていた。それが僕であるならば納得も行くのだが、祖父が若い頃の姿で出て来た説明にならない。
ふと気付く。慌てて取って返す。そして僕は蔵にあったもう一本の竿も担ぎ、無理矢理に祖母を誘って川へと向かった。
あの夢は、僕視点ではなかった。もちろん祖父が僕に見せた夢でもない。
そうなれば残るは一人しかいない。――祖母だ。夢はきっと、祖母が若かりし頃に見た光景そのものなのだと気付いたのだ。
僕は足腰が弱った祖母を助けつつ、坂を登り、河原を歩き、夢の中の岩の上へと腰掛けた。
釣り糸を垂れ、「昔もこうして二人で釣りしてたんだろ?」と、笑いながら聞く。
聞きながら祖母へと振り返れば、あれだけ気丈にしていた祖母は袖で顔を覆って泣きじゃくっていた。
それからもいくつか、祖母の夢だろう思い出の場面らしき夢を見た。僕は可能な限り、その夢の内容を叶えた。
祖母が亡くなったのは、じいちゃんが亡くなってちょうど一年後ぐらいだった。
暑い夏の日だった。
もう僕の夢には、祖父も祖母も出て来ない。
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