#774 『夢遊の病』

 会社の若い連中に付き合って、埼玉県にある某トンネルへと出向いた際の出来事。

 それは単なる肝試し程度のものだった。トンネルはその周辺で有名な心霊スポットであり、そこまで行って写真を撮って来ようと言う遊びに付き合っただけに過ぎない。

 当然私は中まで入る事はしなかった。短いトンネルではあるが独特な雰囲気があり、正直怖かったのである。

 異変はその翌朝に起きた。

 ふと目が覚めると、私はベッドの中ではなく、どこかの雑木林のような場所に立っているのだ。

 服装はパジャマ。足は裸足。昨夜寝た時のままの格好である。

 だが起きた所はそんな場所。膝から下は泥にまみれてとても汚れている。

 すぐに理解した。私は例のトンネルの前に立っているのだと。しかもそれは昨日行った場所ではなく、トンネルを抜けた反対側であると。

 私は慌ててトンネルを引き返し、車道へと向かう。途端、気恥ずかしさが込み上げる。なにしろこの陽の高い最中に、パジャマ姿で往来を歩いているのだ。しかも裸足な上、足の裏がとても痛い。

 誰かに助けを呼ぼうにも、携帯電話もなければ財布も持っていない。仕方無く私は、比較的交通量の少ない裏路地を選び、埼玉県から東京のA市まで徒歩で帰った。

 私は昔から少々、夢遊病の気があった。だがそれは常に家の中だけの事であり、気が付けば居間のソファーで寝ていたり、玄関先で寝ていたりとするだけの程度だ。まさかいくつもの県をまたいで遠出する程の行動を起こすなどとは思いもしていなかった。

 以降、その異常行動は何度かあった。それは決まって例のトンネルであり、起きる時間もまちまちで、深夜に目覚めたり翌日の昼頃の事もあった。

 私はそれ以降、用心をして眠るようになった。まず服装は、一見しておかしく見えないようジャージの上下にして、足は常に靴下とスニーカーを履いて眠るようになった。

 財布と携帯電話は常に身に付け、深夜に起きた時用に懐中電灯も首からぶら下げた。

 以降、その異常行動で目が覚めた際に、その装備はとても役には立ったのだが、今度はその寝にくさに苦労をするようになった。同時に会社を休みがちとなり、同僚や上司にも心配されるようになる。

 ある時の事、例のトンネルへと一緒に行った後輩の一人に、思わず「こんな目に合ってる」と打ち明けた際、「必要なのは装備じゃないでしょう」と意見され、お祓い師の世話になる事となった。

 それ以来、その夢遊病は起きてはいない。

 現在は取り壊し工事の為、中には入れなくなっている、埼玉県某所にある畑トンネルでの出来事である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る