#771 『川上の手袋』
友人のN君と渓流釣りに出掛けた時の事。
あまり知られていない秘境の川の上流を目指し、僕らは朝早くから釣り道具を担いで山を登った。
やがてもうこれ以上は無理だと言う辺りで荷物を下ろし、釣りを始める。――が、始めてすぐに僕の目の前を子供用の手袋が流れて行った。
慌ててそれを拾い上げる。ピンクと水色のストライプ柄の、毛糸の手袋である。
が、すぐにおかしいと気付く。大人でさえここまで来るのが困難な場所で、しかももう行き止まりに近い川上まで来て、更にその奥から子供用の手袋が流れて来るのである。
「どう言う事?」とN君に聞けば、「あまり関わらない方がいいんじゃないの?」と返される。
結局、手袋は近くの岩の上に干して置いておいた――が、しばらくすればまたしても、川上から同じ柄の手袋が流れて来る。
またしてもそれを拾い上げ、さっきの手袋を干した辺りに行ってみれば、もうそれは無い。
だが同じものが上流から流れて来る訳もなく、再び同じ場所に手袋を置けば、すぐにまたそれが川上から流れて来るのである。
手袋は都合五回も流れて来た。それを見てN君は、「だから関わるなって言ったじゃん」と咎め口調になる。
結局、不穏な空気となって釣りはそこで終了にした。そうして二人でまた山道を下っていると、その僕らを追い越すようにして何度も何度も同じ手袋が流れて行くのである。
「見るなよ」と、N君は言う。僕は無言で頷く。
ようやく下流まで来て、僕はN君に謝り、道具を車に積み込んだ。
車を発進させしばらく道なりに進んで行くと、橋のたもとで人が集まり、見れば救急車やパトカーなども停まっている。
「どうしたんですか?」と、通りすがりに聞いてみると、「ホトケさんが上がったんよ」と聞かされた。
「まだ小さい子供なのに、可哀想になぁ」
聞いてN君は、「見るなよ」と僕にキツい口調でそう言った。
僕は頷くが、何となくその橋の下には、手袋が片方だけ無い子供の遺体が横たわっているように思えたのである。
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