#769 『鵺(ぬえ)』
前夜に引き続き、ボーカリストのMさんの体験談。
新曲のMVを撮る事となり、夜間の撮影の予定が入った。夕方から翌朝までの撮影で、つまりは徹夜仕事である。
深夜の零時近く。車で移動し、某市の歩道橋での撮影となった。
撮影間もなく、やけに近場から犬のような鳴き声が聞こえて来た。だが良く聞けばそれは犬ではなく、ましてやそれに近い動物の鳴き声でも無さそうに感じる。
しかしこちらに危害が来るような雰囲気でもなく、撮影は続行される。
まずは歩道橋の下での撮影。それが終了するとスタッフ全員歩道橋の上へとあがり、そちらでの撮影となる。
突然、スタッフ間から「歩行者が来ます」と言う声が上がる。歩道橋を登る足音が聞こえて来たのだ。
だが撮影を中断し、いくら待ってみても人の姿は見当たらない。そこで再び撮影に戻るが、すぐにまた「歩行者が来ます」と声が上がる。
そんな感じで幾度も撮影は中断されるが、実際に歩行者が現われる事は一度も無かった。
ようやくそこでの撮影が終了する間際、例の犬のような鳴き声がすごく近くで聞こえ、同時にスタッフ達のその頭上を横切って行った。
「なんだあれ」と監督が聞けば、「鵺(ぬえ)でしょう」とスタッフの一人がそう返した。
鵺とは夜行性の鳥らしく、その声の異質さからかつては妖怪にも例えられた存在である。
後日、撮影に同行したスタッフ間から、「あの歩道橋はやばかった」とか、「ずっと人の気配がしていた」と言う話が流れる。実際、撮影のメインでもあるMさんも同感であった。
そしてその直後、動画を編集する監督が、「このロケ地はマズかったな」と意見された。
聞けばその歩道橋、昇降口が合計六つで、つまりは空中に浮かぶ六叉路。要するに、六道の辻――現世と冥府の境――となっていたのだ。
「この声、やっぱ鵺じゃありませんね」と、撮影された動画を眺めるスタッフの一人が言う。
気になった関係者は夜行性の鳥の鳴き声を全て調べて回ったが、同じ鳴き声をする鳥は全く発見する事が出来なかったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます