#768 『セッション』
都内にてメジャーのボーカリストとして活躍する、Mさんと言う女性の方のお話し。
ライブを前にし、一人で練習をするつもりで八王子にある某スタジオを借りた。
平日と言う事もあり、案内された部屋のフロアはどこも空いているらしく、全ての部屋が真っ暗であった。
通された部屋は想像していたよりも広く、そして心なしか暗く感じた。
音源をパソコンから流し練習を開始。だがすぐに外の廊下が騒がしくなり、他の利用客が来たのだなと思った。だがその利用客達、なかなか部屋に入らずに廊下で立ち話をしているらしく、いつまで経っても騒がしい。
別に文句を言うつもりも無かったのだが、トイレに立つ振りをしてその人達を見てやろうと外に出ると、ぱたりと騒音は止み、誰もいない廊下が左右に広がるのみ。
おかしいな。思いながら廊下奥の部屋から順番に部屋を見て回るが、やはりどこの部屋も空き室らしく明かりの点いている部屋はどこにもない。
気味が悪い。思いながらも用を足して部屋へと戻る。すると何故か停止した筈の音源がずっと再生されたままになっていた。
部屋を見回すが人の隠れている形跡も無ければ、そんなスペースも無い。気のせいかと思い再び練習へと戻るが、やはりまたすぐに廊下の方から騒がしい人の声がして来る。
もしかしてYoutubeでも再生されていたかなと確認するが、やはりソフトは音源再生ソフトのみ。そこに雑音が挟まる筈が無い。
気のせい気のせい――と、自分に言い聞かせる。同時に部屋のドアがノックされる。
あれ、スタッフの誰かが来たのかなと思いドアの前に立つが、覗き窓の外には誰の姿も無い。
また再び練習へと戻れば、先程と同じようにドアがノックされる。
「はい?」と、今度はそのドアを大きく開け放った。するとその開いたドアの隙間を、縫うように通り過ぎる空気の流れを感じ取った。
“今、誰か入った”と、感じた。だがどうする事も出来ずに練習を再開すると、いきなりスピーカーからとある有名な曲の、ベースのスラップが流れ始める。
その間、僅か十から十五秒ぐらい。スラップは突然、何かに気付いたかのように止む。
あぁこれ、私と一緒に練習したかったのかな。思いながら私はその曲の音源を流し、それを歌った。
結局、その後にそこからベースの音が聞こえる事は無かったのだが、なんとなく“楽しかった”と言う空気は感じられたと言う。
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