#765 『英雄』
阪神淡路大震災の時の話である。
当時の僕は十七歳で、高校生だった。家は兵庫県の播磨と言う所にあり、元々相当に老朽化していた家だったので、大地震が来たら一家全員生き埋めになるなぁと冗談を言っていたのだが、それが本当の事となってしまったのだ。
ある日の早朝、地震はやって来た。
揺れたかと思った次の瞬間には、家が傾いで倒壊。二階の自室で寝ていた僕は、気が付けば部屋ごと一階部分に落ち込んだのである。
どうしようかとぼんやりしていると、どこからか親父の声が聞こえる。その声を頼りに瓦礫の山を探って行けば、一階の台所付近からそれは聞こえた。「孝司!」と僕の名を呼ぶ父の声だ。
「親父、すぐ掘り出すから!」と僕が叫ぶと、「俺は大丈夫だ」と親父は言う。
「俺より先に、美優を助けてやってくれ。恐らく屋根に挟まれてると思うから」
言われて僕は、同じ二階にあった妹の部屋へと向かう。すると向こうも僕に気付いたか、かなりか細い声で「お兄ちゃん」と助けを求めているのが聞こえた。
幸い妹は、軽い打撲程度で済んだ。そしてまた親父の元へと向かえば、「ばあちゃん助けてやってくれ」と言う。裏庭にいて困っているからと親父は言うのだ。
そして祖母は確かにそこにいた。幸い倒壊した家の中にいなかったおかげで、酷い埃をかぶった程度で済んだのだ。
そしてまた僕が親父の元へと向かえば、今度は「母さんを頼む」と親父は言う。
「美優とばあちゃんにも手伝ってもらって、一階の奥の部屋から引っ張り出してやってくれ」と叫んでいた。
僕は半信半疑で母さんの部屋へと向かい、妹達と一緒に瓦礫を退かして行けば、母は倒れ込んだ箪笥の横側でなんとか圧死を避けて生き延びていた。
瞬間、僕の目からとめどなく涙が溢れ出た。さすがにここまで来れば僕でも分かる。――親父はもう既にこの世のものではないであろう事を。
泣きながら「親父を引っ張り上げたい」と家族に言えば、皆はそれに賛同しつつも何かを察したらしい。四人で懸命に親父の声がしたであろう辺りを掘り返してみると、なんと親父は炊飯ジャーを抱えながらきょとんとした顔でこちらを見上げているのだ。
親父を引き上げ、「何で全員の居場所が分かったんだ?」と聞けば、「あれは俺じゃない」と親父は言う。
「何かが勝手に俺を使って、しゃべり出した」
その後、僕らは親父が抱えていた炊飯ジャーの中の白米を使い、握り飯を作って食べた。後にも先にもあれほど美味かった飯は無い。
僕らを救ってくれた英雄はもう無いが、今ではその跡地に、最新の耐震構造で作られた新しい家が建っている。
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