#763~764 『ここに集合』

 近所に出ると言うので有名なラブホテルの廃墟がある。

 ある晩、FとKの友人二人を誘ってそこへと忍び込んだ。そして三階の一番奥の部屋、幽霊の目撃情報が一番多いと噂される部屋へと向かう。

 想像通りその部屋はかなり侵入者が多いらしく、他のどの部屋よりも荒らされていた。

 さてここで怪異が起きるまで待とうか等と話し合っていると、突然Fが、「なんか貼り紙があるぞ」と壁の一画を眺めそう言った。

 見れば確かに、紙片に油性ペンで殴り書いたかのような貼り紙がある。そしてそこにはこう書かれていた。

“202×年10月5日 午前零時 ここに集合”

 今日より一週間後の日付である。そして更にその下に、少しだけ細いペンで、“本物の怪奇現象を体現出来ます”とあった。

 どうせ誰かの悪戯だろうが、面白いので僕らはその日にまた集まろうと決意し、その晩は解散となった。

 さて、その当日。どうせあの貼り紙を見たであろう廃墟マニアが大挙しているだろうと言う予測で、僕らはコンビニで酒を買い込み一時間早くそのラブホテルへと到着した。

 だが意外にも他の侵入者は誰もおらず、僕らはがっかりしながら貼り紙の部屋で酒盛りを始めた。

 待っていてもなかなか人は来ない。しかも心霊スポットで飲む酒と言うのは、実に味気なくて酔いも少ない。

「つまんねぇから何かしようぜ」とKが言う。

 何をするんだと聞けば、「宝探し」とKは笑い、手に持った酒瓶を持ち上げる。その瓶には大きく、“宝”の文字が書いてある。

「誰かこれ、どっかの部屋に隠して来いよ。そんで残りの二人で、どっちが早くそれ見付けるかって言うゲーム」

 馬鹿馬鹿しいが面白い。結局Fがその瓶を隠しに向かい、僕とKとでそれを探しに行く事となった。が――

「Fの奴、おせぇな」とK。確かにその通りである。二十分ほど前に隠しに出て行ったきり、全く戻って来る気配が無いのだ。

「もうすぐ零時になるんだけどなぁ」

 だが一向に、他の人が来る気配も無い。どうしたものかと待っていたが、日を跨いだ辺りで「探しに行くか」と、ようやく僕らは立ち上がったのである。

 僕らは手分けして三階から順に下へと向かって部屋を探索して行く。そうしてFは一階にある部屋の一室で見付かった。

 意外にもその部屋はさっきまで僕らがいた部屋と同じ造りで、Fは壁の一画に向かって立ち呆けていた。

「おい、F」呼んでも返事は無い。Fはただ壁の方を向いたままじっとそこにいる。

「どうしたんだよ」Kがその背後に近寄り、Fの肩に手を置いた瞬間である。すっとFの手が伸び、「ここ」と、目の前の壁を指差した。

「ここ……壁じゃない。ここ……壁じゃない」言いながら壁を指す。意味が分からない。

 とにかく戻ろうと、無理矢理にFを引っ張って三階の部屋へと連れて行く。だがFはまるで魂が抜けてしまったかのようにボーッとしているだけで、ろくに返事もしなくなってしまった。

 そこで僕が妙な発見をする。この部屋を出て行く時まで貼ってあった貼り紙が無くなっているのだ。

「ここ、誰か来たか?」僕が聞けば、「何で?」とKは言う。

 そして僕が壁の一画を指差し、貼り紙が消えている事を告げると、Kは「あっ」と声を上げ、「そこってさっき、Fが立っていた辺りじゃないか?」と僕に聞く。

 言われてみれば確かにその通りだ。部屋は違うが、全く同じ間取りの部屋のその壁で、Fは壁を指差し――

「“ここ……壁じゃない”って」

 僕はおそるおそる壁に近付き、拳で軽く壁を打つ。ゴツン――と、音がする。

 そして今度は左に一歩、そしてまた壁を打つ。ポコン――と、さっきとは違う軽い音がした。

「ここ、空洞だわ」

 言った途端、またしてもすっとFの手が伸び、「ここ……壁じゃない」と言う。

 気にはなったが、壊して確認しようと言う度胸は無かった。

 Kは油性ペンを取り出すと、その辺りに落ちている紙片の一枚を拾い上げ、“ここの壁を壊すな”と殴り書き、先程の壁に貼り付けた。

 そして僕とKは、Fを担ぐようにして外へと出て車へと乗せる。そして彼が正気に戻ったのは、僕らが家に帰り着く直前ぐらいの事だった。

 Fの記憶は、空き瓶を持って一階まで降りた辺りまでしか無く、壁を指差しどうのこうのと言っていた件については全く覚えていなかった。

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