#762 蝉時雨』
私が子供の頃の出来事である。
家の近くの高台に、地元の人しか来る事のない小さな神社があった。
夏ともなれば友人達とそこに出向き、蝉取りをしていた。
とは言え、既に空を飛び回りやかましく鳴いている方の蝉ではない。まだ地中にいて幼虫の形態のものを捕まえるのである。
もうそろそろ地中から出て来るぞと言う幼虫は、地面に小さな穴が開く。要するに我々はその穴を見付けてそこから幼虫をほじくり出し、木の幹に掴まらせてやるのが目的だった。
当然私達は良い事をしている気分でいるのだが、きっと蝉にしてみれば余計なお世話だったに違いない。
ある日の夕暮れ時。いつものように友人のUと一緒に神社へと向かい、せっせと蝉の穴を見付けては穴からほじくり出す作業をしていた。すると突然、「なんかすげぇ穴見付けた」とUが言う。見に行けば確かに、蝉の穴よりもずっと大きな穴が開いている。
その時だった。辺りから降り注ぐうるさい程の蝉時雨が、何故か一斉に鳴り止んだのだ。
同時にUの悲鳴が上がる。見ればUは先程の蝉の穴を覗き込みながら尻もちを突いているではないか。
何事だ。思って私もその穴を覗いてみれば、そこには真っ白で巨大な芋虫のようなものが見えた。
いや違うと、すぐに思った。芋虫に思えていたのはいくつもの“くびれ”が見えたからであり、それが実際にくびれでないと言うのはすぐに理解出来た。なにしろその白い物体は一つ一つがばらけて動き出し、その地中から自らの意思で這い出て来たからだ。
芋虫に見えたのは、真っ白な子供の手だった。手は何かをまさぐるかのように空へと向かって伸ばされ、そして何故かその奇妙なものを、友人のUは手を伸ばして握ってしまったのだ。
それは僅か一分にも満たない時間だったと思う。手はすぐに引っ込み、穴の中はただの空洞となってしまっていた。
私とUはその事を話しもせず、ずっと胸に秘めたまま大人となった。
そして私が三十五となった頃の事。風の噂でUの子供が何者かに殺されたと言う話を聞いた。
Uの子は、三歳の女の子だったと言う。ある日の事、その女の子が行方不明となって数日が過ぎ、近隣の林でその遺体が見付かった。
遺体は、地中深くに埋められていたらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます