#760 『端午の節句』

 五歳になる息子を連れて、姉の家へと遊びに行った時の事。

 トイレを借りて居間へと戻る最中、向こうの方で廊下を横切る子供の影を見た。

 それはタンクトップに半ズボン姿。そしてその頭には新聞紙で折った大きな兜が乗っていた、

「ねぇお姉ちゃん、この家って他にも子供いた?」と私は聞く。

 すると姉は不思議そうな顔をして、「ここにいるだけでしょう」と言う。

 居間で大人しく積み木で遊んでいるのは、うちの息子と姉の家の長女と長男の三人。他にお友達が遊びに来ている様子も無い。

 それを聞いて、「ありゃ、また出たのね」と、姉の義母が呟く。そして私に向かって、「兜かぶった男の子だったでしょう」と言うのだ。

 どうやらそれはこの家に昔から棲み着いている妖怪か何からしい。どう言う訳か、五月の端午の節句の辺りになると、ひっそり姿を現わすのだと言う。

「じゃあ私の見たのはお化けか」と言えば、子供達はそれに興味を示したらしく、積み木を放り投げてお化け探しに向かってしまった。

「そのお化け、なんでこの家にいるんだろうね」

 言われてふと思い出す。そう言えば通りすがり、その子の右腕に大きな傷跡があった事を。

 それを告げると、義母の顔色が変わる。「あらやだ、それってウチの次男坊と同じ傷跡じゃないの」と。

 すぐに、近所に住む次男が呼び寄せられた。要するに、姉にとっての義理の弟に当たる人である。

 次男は到着すると共に義母に腕を捲られ、皆の前でその傷を晒された。

「どう、似てる?」聞かれて私は頷く。似ていると言うより、さっきの子の腕の傷そのものだったのだ。

「あんた昔、五月の節句に何かした?」聞かれて次男はしばらく悩んだ挙げ句、「こんな事はあった」と話し出した。

 自分の部屋で兜を折って、それを自慢したくて兄を探したがどこにもいない。どころか家中の人がいなくなっていて、焦りながら探していたと言う記憶があったそうだ。

「じゃああんたのその時の記憶が、妖怪となって未だ彷徨っているんだね」と義母。

 だがそれを聞いて次男は、「多分違うと思う」と言う。

「だって俺のこの腕の傷、十九の時のバイク事故のやつだもん」

 言われて義母もそれに気付いたらしい。要するに先程の子供の妖怪とはまるで関係無いのである。

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