#755 『S先輩』
大学時代、私は女子寮で暮らしていた。
ある日の事、寮へと帰れば私の部屋の玄関に、同じ寮で暮らすS先輩が立っていた。
「どうしたんですか?」聞けば先輩は、「ちょっと相談があるの」と言う。
ならば中でと、玄関を開けてS先輩を招き入れた。
「お茶とコーヒー、どっちがいいですか?」と私はキッチンに立つが、先輩は何も言わず無表情のままこちらを向いている。
なんか変だなとは思いつつ、何も会話の無いまま湯が沸くのを待った。
そうしてマグカップ二つ分の珈琲を淹れて先輩の方へと振り向けば、いつの間に衣服を脱いだのだろうかS先輩はほぼ全裸のような格好になっていた。
「どうしたんですか?」慌てて聞くが先輩は答えない。代わりに、「隣に座って」と、先輩の座る席の横を指差した。
ちょっと待って、先輩そう言う趣味無いよねと勘ぐっていると、突然玄関のチャイムが鳴る。
結局私は両手に珈琲を持ったまま玄関へと向かえば、ドアのスコープ越しにS先輩の姿が見えるではないか。
急いで玄関を開ける。同時に部屋の奥から、「シャギャアァァァァァ――」と、人とも獣ともつかないような吠え声が聞こえて来た。
S先輩は「ここか」と呟き、片手にケージを持ちながら部屋へと上がって来た。
逆に私は部屋を追い出された。「終わるまで外にいて」と玄関の外へと押しやられ、しかも玄関には施錠までされてしまった。
先輩はものの数分で出て来た。なにやらケージの中には小さな動物らしきものが入っているらしく、ごそごそと中で動く音がする。
「ごめんね、もう済んだから」と先輩は自分の部屋へと戻って行く。結局その件に関しては、何一つ教えてもらえないままだった。
それから数ヶ月後、またしても玄関先にS先輩がいた。しかも今度はほぼ半裸で、両手を地面に付けた格好でしゃがみ込んでいるのだ。
慌てて私はS先輩に電話をし、「玄関に先輩がいるんですが」と当の本人にそう言うと、「あぁごめん、踏んづけるか蹴飛ばすような真似して追い払ってくれる?」と返された。
仕方無くその通りにすれば、S先輩は四つん這いのまま自分の部屋の方へと逃げ帰って行く。そして、薄く開けられたドアの隙間からするりと中へと滑り込み、消えて行ってしまった。
後日、「あんたにはどれもこれも私の姿で見えてるんだね」と、S先輩に言われた。
どう言う意味ですかと聞き返すが、先輩は笑って答えてくれないのである。
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