#754 『トリカワリ』

 岡山県在住、綾さんの体験談。

 ――私が九歳の頃の話である。

 その当時、家で一番の早起きは私であった。朝が来れば真っ先に家中のカーテンを開けて回るのも私だった。

 ある日の朝、縁側に面する障子を開けると、裏庭に転がる子供の姿があった。

 悲鳴を上げる私。すぐに両親が飛び起き、駆け付けて来てはくれたのだが――

「由香里―っ!」と、両親は裸足のまま外へと飛び出し、庭に転がる子供の身体を抱いて泣き叫んだ。

 正直、訳が分からなかった。由香里とは私の名前で、他に同じ名前の兄弟はいない。だが何故か両親は私の名前を呼び、その子の身体を抱いて揺らすのだ。

 二日後、その子の葬儀が執り行われた。出棺の際には、「ほら、綾もちゃんとお姉ちゃんにお別れ言って」と背中を押された。

 何故かあの日以来、私は“綾”と呼ばれるようになった。ちなみに私に妹はいないし、綾と言う名前の兄弟も存在していない。

 そして私を綾と呼ぶのは家の家族だけではない。学校に行けば普通に同級生達が「綾ちゃん」と呼び、私の持っている教科書の全てが“綾”に取り代わっていた。

 私は自分自身が怖くなり、当時一番仲が良かったサオリちゃんの元へと行き、「私って、誰?」と聞いたのだ。

 するとサオリちゃんは当たり前の顔をして、「綾ちゃんでしょう?」と言う。だが私が声をひそめて、「本当は?」と聞けば、サオリちゃんは人に聞こえない程度の小声で、「由香里ちゃん……だよね」と、はっきりとそう言った。

 やはり私は由香里だ。そう確信するが、どうして全員が全員、私を“綾”呼ばわりするのかが分からない。

 結局そのまま、訳が分からず十数年が過ぎた。時折両親に、あの日の朝、庭に倒れていた子供は誰かと訊ねたりしたのだが、「なにそれ?」としらばっくれるだけ。全く話にならないのである。

 最近私は、とある男性と結婚をした。その際に戸籍謄本を取り寄せたのだが、家族の氏名が並ぶ中、“綾”と書かれた名前の欄には“死亡”の文字が。そして私の昔の名前である“由香里”は、まだそのままなのである。

 私は今も、釈然としないまま“綾”と言う知らない人の名前を使っている。

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