#742 『呪いの片側』

 購入した中古の物件が、怪異だらけのものだと知ったのは、住み始めて数日経った頃であった。

 人の歩く音がする。声や叫び声が聞こえる。電気が勝手に点いたり消えたりする。ドアがひとりでに開く。ひっきりなしに何かを叩く音がする等々、その現象はまるでいとまが無かった。

 引っ越したばかりだと言うのに、夫と「ここを出ようか」と言う話題になった時、思う事あって少しだけ霊感のある親戚の叔母に相談する事にした。するとその叔母、「いいもんあげる」と言って、家を訪ねて来る事になった。

 そうして家にやって来た叔母は、「これ飾っとけ」と紙袋の中から、手垢で黒ずんだのだろう汚い人形のぬいぐるみを取り出した。

 瞬間、怖気が走った。――が、同時に家中の“何か”がひるむのを感じた。

「なんなんです、これ」

 聞けば「私の姉が亡くなった後まで抱き締めていた人形」と叔母は言う。

 それを聞いてハッとする。叔母の姉と言えば確か、家の軒先で首を括って亡くなった筈。ならばその人形と言うのは――

「怖がらずに置いといてみな、呪いには呪いで対抗するんだよ」

 半信半疑ながらも叔母の言う事を聞いて、人形を家の一部屋に置いて過ごした所、家中の怪異は全く起こらなくなったのだ。

 気味は悪いが効果はあった。これは叔母の言う通り、大事にしなければならないなと思っていると、突然叔母からの連絡で、「あの人形返せ」と言うのである。

「どうして?」

「あの人形をあんたに貸したら、今度はうちが賑やかになっちゃった」

 そうして叔母は人形を取り返しに来たのだが、こちらもそれを手放す訳には行かない。結局私と叔母は妥協案を編み出す事にした。

 そしてそれは上手く行った。叔母の家も我が家も、怪異は起こらなくなったのである。

 人形は今も我が家にある。但しそれは腰から下の下半身だけなのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る