#741 『迎えに来た人』

 昼頃からやけに熱っぽくなり、会社を早退させてもらったその夜の事。

 咳が止まらず寝ているのか起きているのかすらも分からない夢遊病のような状態で、家のインターフォンが鳴った。

 最初は熱のせいで聞く幻聴かと思った。だがしっかりと耳を澄ませば確かにそれは鳴っている。

 時計を見れば深夜の一時。どう考えても人が訪ねて来る時刻ではない。――が、気が付けば何故か私はリビングにあるモニターを“応答”にしていた。

 玄関先に立っていたのは若い男性だった。良く良く見てみるが、知っている人ではない。

「お迎えに上がりました」と、その男性は言う。

 ――お迎え? あらやだ私死んじゃうの? まともじゃない思考回路でそんな事を考えつつも、何故かその状況下では怖いとも思えず、「何を支度すれば良いでしょうか?」と問い返していた。するとその男性は、「特に何も無いです」と言いながらも、「上着ぐらいは持って来てください」と言うのだ。

 私はぼんやりと廊下に下がるコートを手に掛け、玄関のチェーンとロックを外す。同時にドアを開けて入って来たのは隣県に住む妹だった。

「おねえちゃん!」と、妹が私の身体を抱き寄せる。そして私の記憶はそこで途切れた。

 気が付けば病院のベッドの上だった。傍らにいる妹に何があったのか聞けば、「風邪こじらせて肺炎になってた」と言うのである。

 次にどうして私の風邪を知ったのか聞けば、ここからがおかしな話で、「おねえちゃんの家の電話から、男の人が連絡して来た」と言うのである。

 内容は、お姉さんが危ないからすぐに迎えに来てくれと言うもの。しかも何度も何度もその男性が誰なのかを問い質しても、そればかりは一切答えなかったと言う。

「死に神かな?」

「それはかなり良い死に神ね」

 話題はそこで終わったのだが、それから半年後、とある出来事がきっかけで同い年の男性の人と知り合った。

 見た瞬間、私は感じた。あの晩、「お迎えに上がりました」と言って来たのはこの人だと。

 それから更に半年の交際を経ていよいよ結婚と言う際、ようやく妹ともご対面を果たした。

「なんとなくだけど、あの晩連絡して来たの、あの人じゃないかな」と、妹までもが同じ事を言う。

 披露宴会場の控え室のドアが開く。白いタキシードに身を包んだ彼が、はにかみながら私を迎えに来てくれた。

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