#740 『言っちゃ駄目だよ』

 親と喧嘩になり、半ば家出のようにして飛び出した。

 そうして向かった先は、短大の時代に知り合った一つ上の先輩、珠美さんの家だった。

 珠美先輩は「狭い部屋だけど」と照れ笑いしながら、快く家に泊めてくれた。

 そうして新居生活三日目、珠美先輩は「仕事だから」と早朝に出掛け、私に合鍵を預けて「好きに出入りしていいからね」と言ってくれた。

 さぁ、今日はどうしようか。思った直後だった。家のドアががちゃがちゃと回され、開いたのだ。

 顔を覗かせたのは私と同じぐらいの年齢であろう男性で、私の顔を見るなり、「愛ちゃんだよね?」と笑った。

 どうして私の名前を知っているんだろうと思っていると、「珠美から聞いてるから」と、その男性は部屋へと上がって来た。

 男性は須藤と名乗った。珠美先輩とは半ば同棲のようにして暮らしていたのだが、後輩がしばらく泊まるから当分出て行ってくれと言われ、追い出されたらしい。

「ごめんなさい、私のせいで」

 言うと須藤さんは、「大丈夫だから」と頭を掻きながら、「忘れ物取りに来ただけなんで」と、隣の部屋へと引っ込み、すぐに出て来た。

 そうしてその須藤さんと私はいくつか珠美先輩の話題で盛り上がり、「ついでだから」とそそのかされてスマホでツーショットの記念写真まで撮ってしまった。

「珠美に言わないでね。戻って来た事知られたら、怒られるから」

 須藤さんは口に指を当て、「しーっ」と言いながら部屋のドアを閉めた。

 その晩、大量のビールを買い込んで来た珠美先輩と飲み会になった。いい加減酔っ払ってしまった私は気が大きくなってしまったのだろう、ついつい余計な事をしゃべってしまう。

「先輩、やっぱ彼氏とかいるんですよね?」

 聞けば珠美先輩は間髪入れずに、「いないよ」と言う。

「じゃあ、もはや家族のようにして付き合っている男性がいるとか」

「だからそんなのいないって」

 同時に私のスマホから電子音が聞こえた。見ればそれは知らない人からのLINE通知で、開いてみたらまさに今話題に登っていた須藤さんからのものだった。

 どうして? 私、LINEなんか教えていないのに。

 見れば送られて来たのは私と須藤さんとで撮ったツーショット写真で、そのすぐ後に、「言っちゃ駄目だって言ったよね?」と添えられている。

 何これ――と思った瞬間、スマホは珠美先輩に奪われた。同時に上がる先輩の悲鳴。先輩はすぐに警察へと連絡し、その晩は眠る事も出来ないまま翌日の朝を迎えた。

 先輩の部屋は隠しカメラとマイクだらけだったらしい。パソコンもまたハッキングされていた様子で、道理で私のアカウントも分かった訳だと納得した。

「あれ、誰なんですか?」と、部屋の中を警察が右往左往する中、先輩に聞いてみた。

「知らん」と、珠美先輩。

「逢った事も無い」

 多分、嘘ではないのだろう。

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