#739 『シャッターの降りる花屋』
とある新築の物件を購入した。
引っ越しした翌日から夫は職場復帰をし、未開封の荷物の整理は全て私の仕事となってしまった。
そうしてある程度の収納が終わった後、私は近隣周辺を歩いて近くに何があるのか探索する事にした。
そうして迷い込んだ狭い路地の中、“××花卉”と書かれた看板が目に入る。
何故かその名前が読めない。花卉は分かるのだが、最初の二文字の××部分にやけに難しい字を使っており、何と呼ぶのかがまるで分からないのだ。
その看板の手前まで行くと、その脇道は私道なのかなだらかで長い下り坂となっており、その下にその看板の店であろう店舗が見えた。
店舗のほとんどはシャッターが下ろされており、一カ所だけ開いている場所から中が覗ける。確かにそこは看板通りなのだろう花屋の様子で、閉じたシャッターの一つに、“小売り致し〼” と言う貼り紙がある。
当時の私は花などに全く興味を示さなかったのだが、せっかくの新築の家なのだから、せめて花ぐらい飾ろうと思ったのである。私はその坂を下り、店のシャッターをくぐった。
新鮮な花の香りが鼻孔を突く。店内には店員らしき女性が一人、そして恰幅の良い男性が一人いた。真っ先に女性が私の姿を見付け、「えっ?」と声を上げる。同時にそのもう一人の男性店員も私を見て、驚いた顔をした。
「あの、ここ……小売りしているんですよね?」と聞けば、二人とも「あ、はぁ」と、やけに曖昧な返事をする。なんか態度悪いなぁと思いつつ、適当に見栄えの良い黄色い花を選ぶと、「これ、花束に出来ますか?」聞いてみた。
「いいけど、大丈夫?」と、男性店員。
「大丈夫とはどう言う意味ですか?」と問い返すも、それには笑って答えない。
包んでもらった後、「おいくらですか?」と聞けば、二百円だと女性店員は言う。いくら花に興味の無い私とは言え、それは安すぎではないかと思いつつも千円札を出せば、女性は目を丸くしてそれを眺めている。
そうして「ちょうどですね」とそれをレジにしまうのを見て、二百円って言ったじゃないと言う言葉を飲み込む。まぁ、千円でも安いだろうからいいかと思ったのだ。
帰り際、「ちゃんと帰れる?」と聞かれ、「大丈夫です」と私は怒り気味に答えて坂を登った。
帰り道は少々迷ったが、なんとか家には辿り着く事が出来た。
その話はそれで終わりだが、妙な事にその店で買った花は半年も枯れないままだった。
あれから何度かその店を探して歩いたのだが結局見付からず終いで、近所の人に聞いてもこの辺りに花屋は無いのだと言う。
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