#737 『ひょいと出て来る頭』

 それは突然始まった。

 通勤途中、目の前に人の頭が現われた。私は驚き、「うわっ」と声を上げて身を翻す。

 だがその一瞬の間にもうその頭は無い。突然現われて、突然消えたのである。

 なんとなくだが、五分刈り程度の坊主頭だったような気がした。しかもその頭部は私の視線の下からぐわっと飛び出して来るかのように、目の前に突き出て来た。

 要するに私よりも背が小さいのである。なんとなくだが、小学生の男子のように思えた。

 以降、その頭はかなり頻繁に現われた。仕事中だけではなく、食事中でも入浴中でもそれは現われる。そしてその度に私は悲鳴を上げて驚くのだ。

 お祓いの類も考えた。――が、どこを調べても高額なのである。

 安くても五万円より。払えなくはないが、払ってしまえば生活をかなり切り詰めなくてはならない。

 どうしようかと悩んでいたある日の事、向こうから歩いて来た会社員風の男性が、私の目の前で、「うわあっ!」と悲鳴を上げて後方にひっくり返った。そして辺りをきょろきょろと見回し、不思議そうな顔をしている。

 私は黙ってそこを通り過ぎた。以降、例の頭は私の前に現われなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る