#736 『上空に現われた人』

 北海道へと向かう飛行機の中での出来事。

 搭乗する前、私は空港の売店で一冊の本を買った。昔良く読んでいた作家さんの、新作ミステリーの本だった。

 そしていざ乗り込んでみると二人掛けの窓際席が空いていた。おかしいな、確か満席だと聞いた筈なのにと思い座っていると、結局フライト時刻までその人は現われなかった。

 やがてシートベルトをお外し下さいと言うアナウンスが流れる。そのタイミングで私は、「隣席空いてますか?」とアテンダントの女性に聞けば、女性はにっこりと笑って「大丈夫ですよ、そちらへどうぞ」と言ってくれた。

 そうして私は窓際へと移り、本を開く。本の内容は面白かったが、結局その五分の一程度まで読み進めた所で居眠りを始めた。

 どれぐらい眠ったのだろうか、私は尿意を感じて目が覚める。そしてトイレへと立ち再び席へと戻ってみると、何故か先程まで座っていた窓際の席に、黒いスーツ姿の男性が座っていたのだ。

 そこは私の席――と言い掛けてやめた。実際は私はそこの横の席なのである。

 回りを見渡すが、どこか他の席の人がこっちへと移って来た気配は無い。仕方無く私はその横へと腰掛けるが、同時にその男性は、「大丈夫ですか?」と私に話し掛けて来た。

「ひどくうなされていたので、心配しましたよ」

 私はそれを聞き、「そうですか」しか言えなかった。なんだろう、この人は私にそんな皮肉を言う為にここに来たのだろうか。

 その内に、先程の女性アテンダントが私の所までやって来た。そして窓際に座る男性の姿を見てぎょっとした顔になる。

 気付いてくれた――と、私は思った。するとその女性は席の最前列へと移り、一つずつ席の確認をし始めた。やがて女性は私の真横を通り過ぎ一番後ろまで向かう。が、おそらくはどこの席も人が座っていたのだろう、何も言って来ないのである。

 結局は特に何も無いまま旅客機は着陸し、人々は降り始める。「では」と、先程の黒いスーツの男性は私の横を擦り抜けて先に降りて行く。

 私はどうしてもこの件を問い質したく例のアテンダントをつかまえて話を聞いてみた。すると――

「搭乗記録についてはお話しする事が出来ませんので」と突っぱねられる。それでも私は納得が行かず、「でもあの人、最初はいませんでしたよね?」と聞けば、その女性はぎこちなく首を縦に振り、「突然現われたようにしか見えませんでした」と言ってくれたのだ。

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