#733 『民宿ひいらぎ』

 彼女が、「どこか静かな所行きたい」と言うので、以前に泊まった事のある地方の民宿へと向かう事にした。

「以前お世話になった事があるのですが」と連絡すると、先方もなんとなく覚えていてくれた様子で、「是非お越しくださいませ」と予約を受け付けてくれた。

 さてその旅行当日。事前に借りたレンタカーで現地へと向かう。

 民家と民家の間がやけに遠い過疎の町を通り抜け、やがてその民宿を示す看板を通りの向こうに見付ける。

 民宿へと向かう横道はやけに狭い。僕はハンドルを切り大回りをしながらその道へと車を向かわせる――が、百メートルもしない内にその道は行き止まりとなる。道の片側にコンクリートの詰まったドラム缶が置かれているのだ。

 降りて見てみればギリギリでそのドラム缶はかわせそうに感じられたが、何故かそこから先の道は落ち葉と小枝が積み上がり、左右から伸びて来ている雑草もまた、しばらくその道を誰も通っていない事を告げている。

 どうしようかと僕は迷った。道を間違えていない自信はあるが、レンタカーを傷付ける訳にも行かず、バックで表の通り辺りまで車を下げて近くの公衆電話を探す事にした。

「もしもし、ちょっとお尋ねいたいのですが――」と、民宿に電話をする。

 するとそこの女将さんらしき人が、「あらまぁ、旧道の方から来て下さってるのねぇ」と笑い、今はもうその道はほぼ使われていないのだが、走れない事は無いのでそのまま真っ直ぐ来てくれと言うのだ。

 道は合ってたと自信を取り戻して車へと戻れば、一体何があったのか、この周辺の人達だろう地元民数人が車に残して来た彼女と揉めている。

「どうしたの」と聞けば彼女は半泣きの表情で、「なんかヤバいよ」と僕に言うのだ。

 地元民の一人が、「あんたこの先、どこに向かってんのか分かってる?」と聞く。そこで僕は、「この先の民宿に予約をしている」と告げると、誰もが呆れた顔で溜め息を吐く。

「この先はもう二十年も前から廃村になってんだよ」と、教えられた。

 いやそんな筈は無い。二年前にも僕はこの先の民宿で泊まっていると告げると、「その時も別の彼女と一緒だっただろう?」と聞かれた。

 意味は分からないが僕は頷く。住民達は困った顔をしながら、「そんな民宿は無いから、行くのやめとけ」と言うのである。

「いやでも、さっきもそこの公衆電話から連絡した」と告げると、「ならもう一回だけ掛けてみろ」と言う。

 僕は言う通りに民宿のダイヤルに掛けてみるが、そこから流れる音声は、「ただ今使われておりません」だった。

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