#732 『ごめんな』
道路を挟んだ家の真向かいに、コンビニエンスストアがある。
とある時から私はその店の異変に気が付いた。店の自動ドアが、一人でに勝手に開くのだ。
同居している彼氏と一緒にその店の前を通った時も同様の事が起きた。
スルスルと開くドア。もちろんそのドアの前後に人はいない。
「おい」と彼氏から声を掛けられる。「何見てんの」と聞かれ、素直にその事実を話そうかと思った所で、「やめなよ」と手を引かれた。
以降、その現象は度々目撃された。店の前を通る際に限らず、家のベランダで洗濯物を干している時や、二階の窓のカーテンを開けた時など、とにかく向こうの店に視線を向ければその現象を見掛けるようになったのだ。
もちろんもうその店に足を運ぶ事はしなくなった。家から一番近い店と言う事もあり、とても重宝する店だったのに残念な事であった。
ある夜の事、雨が上がったかなと確認しようとして窓を開けると、またしても道路向こうの店のドアがひとりでに開くのが見えた。
「またか――」思い、ぼんやりとその店の前を眺めていると、「ちょっと、やめろよ」と彼氏が怖い口調で言う。
「なんで?」
「なんでじゃなく、失礼だろ」
言って彼氏は窓から顔を出すと、「ごめんな」と外に声を掛ける。
「注意しとくから」
そう言って窓を閉める彼。なんだ今の行動はと私は少々不機嫌になったのだが、何故かそれ以降向かいの店のドアが勝手に開く事はなくなった。
それから一週間ほどして、その夜の事を彼氏に問い質した。すると彼は、「向こうもこっちとで睨み合っても仕方無いだろ。あぁ言う時は黙って目を逸らすの」とたしなめられた。
どう言う意味だと聞けば、どうやら私はいつも、あの開いたドアから出て来た人と睨み合っていたと言うのである。
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