#730 『玄翁(げんのう)』
丑の刻参りなどで知られているであろう、呪いの為の道具の一つ、“五寸釘”。
その五寸釘に関するお話しを二つ聞いたので、二夜連続でご紹介したいと思う。
まずは一夜目。筆者自身が体験者となるお話しである。
――遠縁に当たる親戚から招待を受け、怪異が起こると言われるその家を訪ねる機会を得た。
何でも長年引きこもったそこの家の長男が自室で亡くなり、あまりにもそこの部屋の内部が異質だった為、私が呼ばれたらしい。
部屋はその家の一階、一番の奥にあった。元は物置部屋であったのだが、家の長男が心を病んで以来、そこの部屋を空けてそこに住む事となる。
部屋は確かに異質だった。一見すればそれは抽象芸術のようで、四方の壁全てにそれが穿たれてあった。――釘を打ち込み引き抜いたのであろう、無数の小さな穴だ。
ある日を境に、長男は部屋中に釘を打ち込み始めた。元々大工であった祖父の残したものらしい、玄翁と五寸釘を使ってである。
見ればその部屋には敷きっぱなしであっただろう布団以外の家具はほぼ無い。長男は趣味らしい趣味も無く、長い一日のほとんどを、釘を打ち込み引き抜くだけの時間として費やしていた。
長男は自殺だった。自らの眉間に三本もの五寸釘を打ち込み、四本目をこめかみに打ち込み始めた辺りで絶命したと聞く。
結局、怪異に出会う事は無くその部屋を出た。そして居間でお茶を頂いている最中にそれは起こった。
――コン――コン――コンコン――
金槌を打つ音である。
「今もまだあの音が聞こえて来るんですよ」
亡くなった長男の母親である方がそう語ってくれた。同時に、ギギッ――と、釘を引き抜いているであろう音までが聞こえて来た。
今もまだ、長男はそこにいるのである。
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