#728~729 『受け継がれるもの』
実家の祖父が亡くなったと言う知らせを受けた。
僕的には「だからどうした」と言う程度のものだったが、「今すぐに家に戻って来い」と、父は言う。しかも「出来る限り早く」と、厳しい口調である。
仕方無く仕事は有給を取る事にして、新幹線で実家へと向かった。そうして久し振りの家の玄関をくぐれば、家族の誰もが安堵した顔で僕を出迎えてくれたのだ。
開口一番、父は僕に向かって数珠を差し出し、「すぐにこれを手首に巻け」と言うのである。
なんだよこれ――と言い掛けて、ふと気付く。これは生前、祖父がいつもその手に巻いていたものだと。
「なんで?」
「なんでじゃない、すぐに巻け!」
見れば母も、そして僕よりも先に帰って来ていたのだろう、姉と、兄二人もまた真剣な顔で僕を見ている。
「嫌だ」と、僕はそれを突っぱねた。同時に家族の全員が、「いいから巻けよ!」と怒鳴り出す。
「なら理由を話せよ」と僕が言い返せば、父は家族全員の顔を眺め、少しだけ頷いてから、「お前の番なんだよ」と言うのである。
なんでも祖父は生前、“何か”に祟られていたらしい。その“何か”は祖父から付かず離れず彷徨っていて、隙あらば取り殺そうと狙っていたのだと言う。
「そんで、それにやられたってのか?」聞けば父は頷き、「そして今度はお前の番だ」と、その数珠を渡すのである。
「こんなの手首に巻いて仕事なんか出来るか」言えば父は、「なら肌身離さず持っていろ」と断固とした口調で話す。
「いつでもすぐにそれを取り出せるよう、必ず持って歩け。もしもそれを無くしてしまったりしたら、お前だけじゃなく家族全員が死ぬ事になる」
もうまるで意味が分からない。ちゃんと順序立てて説明してくれと頼むと、祖父の葬儀などほったらかしのまま、家族全員がちょっとずつその内容を語って聞かせてくれた。
なにしろ説明の下手な、口下手家族なのだ。順序立てて話をするにも相当な苦労だった。
皆の話だと、何でも我が家の先祖がどこの誰かも分からない人にとても恨まれ、憎まれとしていたらしい。そしてその恨みは亡くなった後まで続き、「末代まで祟られる」との言い伝えと、この数珠だけが残された。
祟りはその家の誰か一人に降り掛かり、その人が亡くなると同時に、生きている家族の誰かにそれが移る。その祟りが誰に移るかは、亡くなる人間がそれを悟って教えてくれる事となっているらしい。
「それが僕?」と聞けば、家族の誰もが頷いて、「まさかお前だとは思わなかった」と言う。
実はその言い伝えは僕以外の全員が知っていた。そして祖父が亡くなったと言う知らせを受け、誰もが「今度は自分だ」と覚悟をした。だが、亡くなる前に祖父が口にしたのは僕の名前だったそうだ。
「お前が殺されたら、今度は俺らの誰かに順番が移る」と兄が言う。馬鹿馬鹿しいのだが、誰もが真剣な顔である。
仕方無く数珠を手首に巻く。そうして祖父の葬儀は無事に済んだのだが、「出来れば実家に戻って暮らして欲しい」と言う親の願いは無視して家に帰った。
さて、それからの一ヶ月は何事も無く済んだ。もちろん数珠は手首に巻く事をせず、スーツのポケットに入れて持ち歩いた。当然、本気で祟りなど信じてはいなかったので、時折家に数珠を置きっぱなしにして家を出る事は度々あった。
そして、それは突然起こった。
ある晩の帰り道、駅から自宅へと向かう寂しい道を一人でとぼとぼと歩いていると、急に周囲の空気が濃密なものに変わったかのような気配があった。
なんだこりゃ――と思った瞬間、全身の毛穴が粟立つような恐怖感が襲って来る。
“背後に誰かがいる”
それだけは確実に分かった。それもそう遠くない距離で、その“誰か”は僕の後ろを付いて来ているのだ。
数珠――と、ポケットを探るが、無い。もうその頃にはいい加減馬鹿らしくなり、ほとんどそれを持ち歩く事をしなくなっていたからだ。
どうしよう。祖父と同じように祟り殺される。思った瞬間、今度は僕の目の前に“誰か”が立つ気配。見ればそれは先日無くなった筈の祖父で、その目は僕を通り越し、その背後の“誰か”を見つめている。
そっと祖父の手が挙がる。そして僕の背後の“誰か”を指差し、大きく目を見開いて口をパクパクとさせるのだ。
もう無理だと思った。僕は弾けるようにして駆け出し、祖父の真横を通り抜け、夜道を走り、自宅アパートの玄関を転げるようにして飛び込む。
数珠は――あった。すぐにそれを手首に巻き付け、その晩は服を着替える事もせずに震えながら部屋の隅で丸くなっていた。
少しして僕は会社を辞め、借りていたアパートも畳み、実家へと帰る事にした。
思えば兄弟達は皆、実家の周辺に住んでいた。要するに、この祟り対策の一環だったのだろう。
今では数珠は常に僕の手首に巻かれている。祖父がしくじった経験を元に、入浴の最中でもそれを手放す事はしていない。
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