#726 『古民家』

 筆者自身の体験談である。

 友人数人と、とある古民家へと向かった。“指定有形民俗文化財”として登録されている、歴史的価値のある古民家である。

 屈まなければ入れない狭い木戸をくぐる。そこはすぐに土間となるのだが、途端に妙な気配を感じる。大勢の人の気配だ。見れば友人の内の何人かは、私と同じ事を感じているのだろう顔をしている。

 広い家だった。奥まで進めば裏庭を眺める事が出来、更には渡り廊下を歩いてその向こうにある離れにまで入る事が出来た。

 他に客が来ている訳でも無かったので、私達は思い思いの所を巡って歩き、写真を撮っていた。すると友人の一人が私に所へとやって来て、「なんか怖い所がある」と言うのである。

 それは母屋側の一室。部屋の隅から上階へと続く、やけに傾斜の鋭い階段である。

 あぁここだと、咄嗟に私は思った。この家に蔓延している妙な気配はここから来ているなと。

 階段を下から覗き込む。するとその階段は登り切った辺りで立ち入り禁止となり、注連縄が渡されているのが見えた。

「上には登れないのですね?」と、入り口に戻って係員の女性にそう聞けば、「登るだけなら構いませんと」と言う。但し二階部分は老朽化が激しく、人が歩くには危険との事なので立ち入りを禁止しているだけ。縄の手前まで登って二階を見るだけなら問題は無いとの事。

 そうなると誰もが二階を見たくなる。だが皆もなんとなく怖いらしく、まず最初に私が登る事となった。

 皆が見守る中、そっと階段を上がり二階部分に顔だけ出して、ぐるりと周囲を見渡してみる。

 大勢の人がいた。暗がりの中、大勢の人が階段を中心に私を取り囲み、見つめていたのだ。

 途端、階下から声が聞こえた。「早く降りて来て!」と。

 言われて階段を下れば、そこにいた何人かが、「足音が聞こえた」と言う。二階の床を踏みしめて、大勢の人が階段の方へと殺到する足音だったらしい。

 その後、皆が撮った写真に“奇妙なもの”が写り込んでいるとの声がいくつも上がった。

 その内の一つはとても驚くべきもので、そこには囲炉裏を囲んで座る二人の友人が写っているのだが、何故か天井から降りて来ている女性の下半身が、囲炉裏の真上にぶら下がっていると言う一枚があった。

 私はその写真のデータを欲しいと願ったのだが、撮った本人曰く、「怖いから嫌だ」との事で、データは目の前で消去されてしまった。

 古民家は今もそこにある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る