#721 『死斑』
筆者が葬儀屋さんに聞いた怖い話、二夜目。
――葬儀の依頼が来た。ご遺体はとある一家の主人である。
担当は私と、同僚のJの二人だった。家に到着するなり、我々は奇妙なものを見せられた。
「何度閉じてもすぐに開いちゃうんです」と、そのご遺体の妻だった女性が言う。
何が――とは聞かずとも分かる。ご遺体の“目”である。それはうっすらと開いていると言うものではなく、驚きのあまり見開いたと言うぐらいに大きく開いていた。
手で閉じるが、ご家族と書類を交わしている間にまたそれは開いている。
「これどうしたら――」と聞かれ、「筋肉の収縮によるものです。良くある事ですよ」とJは笑う。
「もし気になるようでしたら、縫い合わせるとか接着剤で塞ぐとか方法はありますから」
聞いてそのご家族も安心したか、「頻繁に開くようでしたら是非」と言う。だが清拭の時も綿詰めの時もそんな事は起きなかった。
もう死後硬直も収まっただろうと思い、ご遺体をそのご家族へと戻せば、またその目が開いているのだ。
「もうこれ、なんとかしてください」
言われて私は、「告別式の時もこうでしたら対処いたします」と、その場はしのいだ。
結局その現象は収まらず、とうとう私とJは強硬手段に出ようかと話し合っていたのだが――
「こりゃあ何かありますな」と、呼ばれてやって来たお坊さんは言う。
「相当な無念の残る仏様は、こうなるらしいですよ」
言ってお坊さんはご遺体の目を閉じる。そして、「無理に閉じるなどと言う無粋はやめときなさい」と言うのである。
やがて告別式が始まり、読経から柩に花を入れる段になり悲鳴が上がった。それは喪主である妻だった女性が花を持ち、柩の前に立った瞬間の事である。
またしてもご遺体の目が開いていた。どころかその目はしっかりと横を向き、その妻を睨んでいたのだ。
「生前、あまり仲良くありませんでしたな」と坊さんは笑い、そしてまたその目を閉じた。
葬儀が全て終わった後、お坊さんは我々の所に来て、「仏さんの死因なんでした?」と聞くのだ。
「自殺だそうです」」と、Jは迷う事無く言う。
「ただ身体に浮いた死斑は、薬物中毒に依るものですけどね」
だが本人の筆跡の遺書がある以上、大体は自殺で片付けられてしまうものなのだと言う。
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