#720 『死化粧』
筆者が葬儀屋さんに聞いた怖い話を二本、続けてお送りさせていただく事にする。
まずは一夜目。若くして、同居していた姉を失った、とある女性のお話し。
――葬儀の依頼が来た。ご遺体は若い女性の方だった。
「それではこれより清拭等を行いますので、一時こちらで預からせていただきます」
言うとその喪主である家の女性――亡くなった方の妹さんだと言う――が、「死化粧は私にやらせてください」と言うのである。
言われた通り、私達はその作業だけ手を出さずにご遺体を家へと戻した。するとそこの家の妹さん、「申し訳ありませんが、ご一緒に見ていていただけますか」と聞くのだ。
その件も承知し、私と相棒のHとでその行為を見守る事にした――が、どうにもその妹、自分で化粧を施したいと申し出たと言うのにその手は震え、ファンデーションを塗る事すらままならない。
「我々で致しましょうか?」聞くが妹は頑なに顔を横に振り、「自分でやります」と言うのである。その代わり――
「姉を、押さえていていただけますか?」
どう言う事だろう。姉は遺体であると言うのに。
すると、「分かりました。私共で押さえておきますので、どうぞお急ぎになって」とHは言い、文字通り柔道技でも掛けるかのようにその遺体を取り押さえる。
仕方無く私も一緒になって、そのご遺体の足を掴む。なんとなくだがその瞬間、その妹の恐怖が私にも伝わったか、まるでその遺体が起き上がって暴れ出しそうな気がしたのだ。
だが全ては杞憂で、化粧は無事に終わり我々はそこで帰る事となった。だがその喪主である妹は、「朝まで一緒にいてはいただけないですか?」と聞いて来る。
さすがにそれは無理だと断ると、ならば駅前まで乗せて行って欲しいと言うのである。
結局それも言われた通りにし、駅で妹を降ろした後、「あれきっと、ビジネスホテルにでも泊まるつもりだぜ」とHが言う。私もハンドルを握りながら、「そんな気がする」と答えた。
翌日、家に向かうと妹は玄関先にいた。なんとなくだが我々が来るまで家の中には入らず待っていたような気がした。
遺体を車に乗せ、葬儀場へと向かう最中、「姉の遺言なんです」と妹は言った。
葬儀も終わり無事に火葬も済み、骨と灰ばかりになった姉の姿を見て、ようやく妹は安堵したのか、その場で泣き崩れた。
――あの姉の死因は自殺だった。首に縄の痕がくっきりと残っているのを、私もHも見ている。
あれ以来あの妹とは会っていないが、時折あの家の前を通る度に、あの晩の事を思い出す。
家はもう誰も住んでいないのであろう程に荒れ果てていた。
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