#719 『こっくりさんの掟』
僕は三人兄弟の末っ子として生まれた。
当時、僕は小学校四年生。兄が中学二年で、長女である姉は高校一年であった。
ある日の事、姉が僕らを呼び付けて、当時学校で禁止されていた遊び――こっくりさんをやろうと言い出した。
実は僕はその遊びをまるで知らなく、兄もまた「見た事はあるけど」程度の知識。すると姉は、「私の言う通りにしていればいいから」と言い、文字の書いた紙と五円玉を用意する。
「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」と姉の声に続いて僕らもまた声を上げる。
やがて――五円玉が動いた。僕にとっては信じられない出来事だった。今まさに僕は心霊現象の真っ只中にいるんだと言う自覚で興奮さえ覚えた――が。
「いやだ!」と、兄が後ろに飛び退る。あれだけ手を離しては駄目だと姉が言ったにも関わらず、兄は恐怖のあまり目を見開き、勝手に姉の部屋を飛び出して行ってしまったのだ。
姉は、「一回閉じるよ」と僕に言い、「こっくりさん、こっくりさん、お帰りください」と唱える。だが五円玉が差すのはどうしても“いいえ”の方ばかり。姉もまた少し焦った表情で、何度も何度も「お帰りください」と唱え続ける。
結局、こっくりさん自体は“いいえ”のままで終わってしまった。母が帰って来て、二階へと上がって来る足音が聞こえたからだ。
「今夜、皆が寝静まってから、もう一回やるよ」と姉は僕に耳打ちし、大急ぎで片付けを始めた。
その晩、兄は晩飯を食わずに部屋へと閉じこもったままだった。僕と姉は再びこっくりさんを帰らせる為の儀式をしたが、やはりどうしても五円玉は、“いいえ”を差す。
どうしようかと悩んでいると、突然兄の部屋から絶叫の声。何事かと思って見に行けば、兄は発狂したかのように暴れ回り、部屋中のものを蹴って殴って散らかすのだ。
そんな兄の奇行は三日間続いた。そして何があったのかを両親に問い質され、姉と僕は物凄い勢いで怒られた。
兄はまず神社へと連れて行かれ、そして次に精神科の病院へ。それでも兄の状態はまるで治らず、突然発作的に暴れ始めるのである。
だがそれも兄が十九になるまでの事で、もう間もなく成人と言う辺りでその発作は嘘の様に治った。そしてそんな事があったきり、十年が経過した――
正月、実家へと帰れば、そこには兄と姉の姿があった。僕が家を出て以来、初めて全員で集まる正月であった。
深夜、両親は先に寝て僕達兄弟三人だけとなる。そこで僕は思わず、当時の兄の暴れっぷりを二人に語ってしまった。
「あの時はホント、どうなるかと思ったよなぁ」
言うが二人はきょとんとした顔で僕を見ている。
「何その顔」と僕が聞けば、兄はそんな事などしていないと、二人は言う。
「いや、あったでしょ。姉ちゃんが始めたこっくりさんのせいで……」
二人は妙に悲しそうな顔で僕を見る。
後で両親に聞いた話だが、あの時、急におかしくなって暴れ始めたのは兄ではなく、僕の方だったと言う。
「まさか……だって……」と、かつての僕の部屋に引っ込むと、何故か僕の部屋は壁もドアもぼこぼこにヘコんで崩れた酷い有様だったのである。
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