#708 『エレベーターの盛り塩』

 ある朝の事である。家の玄関を出てエレベーターの前に立ち、欠伸を噛み殺しながら到着を待っていると、ふとした拍子に足下の盛り塩を見付けてしまったのだ。

 見ればエレベーターのドアの両側にそれがあり、僕はその日の内に管理人の所へと出向いて理由を聞いた。

「あぁ、あれねぇ。誰がやってるんでしょうなぁ。私も見付けたらすぐに掃除してるんですが」と、管理人のオヤジは至って呑気にそう話す。

 しかもどうやら塩が盛られるのは僕にいる三階のフロアだけらしく、他の階ではそう言う事は無いのだそうな。

 ある日の事、僕はまたしても別の場所で盛り塩を見付けてしまった。しかもそれは僕の住む部屋の給湯ボイラーのドアの中なのである。

 開けるとその下に小さく二つ、塩が盛ってある。僕は急いでそれを片付け、苛立ちながらドアを閉めた。

 そして盛り塩は、僕がドアを開ける度に見付かった。どうやら僕が留守の間にそれを盛っているらしい。大概どいつの仕業か見付けたいなと思い、僕は小型の監視カメラを二つ、購入した。それは配線も何も必要ないタイプのものなので、マンションの廊下部分でも充分に取り付けておけるのだ。

 それから僅か二日後に、犯人が特定出来た。思った通りそれはマンションの管理人で、僕が出て行った後にそれを行っていたらしい。映像ははっきりとその顔まで確認出来た。

 僕はすかさず管理会社に連絡をし、その管理人の悪事を証拠付きで送り届けた。それから数日を待たずに管理人は別の人に代わった。そしてそれから半月後――

 インターフォンが鳴る。出てみるとそれは新しく来た管理人のおばさんで、ちょっと会って話がしたいので出て来てくれと言う。

 玄関のドアを開けると、そのおばさんは僕に何枚かのお札(ふだ)を手渡し、部屋の各所に貼ってくれと言う。

「どうして?」聞けばおばさん、「出て来ちゃうからよ」と、怖い顔で言うのだ。

「前任者の言う通りだったわ。こんな所来るんじゃなかった」

 出て来るって、何がですか? 聞くとおばさん曰く、「あんたが見えてないのが一番の問題でしょう」と皮肉を言うのだ。

 とりあえず今回はそのおばさんの言う通りに、部屋のあちこちにお札を貼った――が、あっと言う間に全て黒ずんでくしゃくしゃに丸まるので、とうとう僕もそこを引き払う決心をした。

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