#706 『上階の住人』
てん、と肩に何かが当たった気がした。
何気なくその辺りに手をやり、そして今度は手のひらを眺めて見る。
――指先が赤く染まっていた。
咄嗟に天井を向き、私はその場で腰を抜かした。私の喉から悲鳴が絞り出されたのはそれから数秒後の事である。
すぐに警察官の方が数人、駆け付けて来てくれた。そしてその一人が天井に広がる赤い染みを見て、「上の階に」と指示を飛ばした。
床に敷いたタオルは既に鮮血で濡れそぼっており、相当な量だなと私は感じた。
やがて上階で何やら足音が激しくなり、少しして更に数台のパトカーがサイレンを鳴らし駆け付けて来た。
私はベランダからそれを眺めていたが、マンションのエレベーターで何度か見掛けた事のある男性がパトカーに乗せられ連行されて行く様子が見えた。
さて、事の顛末である。最初に部屋に来てくれた警察官の方が私に深いお礼を言い、無事に逮捕出来たと教えてくれた。
「上で何があったのですか?」と、私はおぼろげには理解しながらも聞いてみた。するとその警察官、「どうにも話しづらいのですが」と渋い顔をして前置きし、「大麻の栽培でした」と言うのである。
「大麻? ではこの大量の血は?」
と振り返ると、床に敷かれたタオルはただ“水”で濡れているだけであり、天井の染みもまた同様であった。
どうやら上階の人間が大麻に水をやる際に、謝って床に大量の水をぶちまけてしまった事に依る出来事だったらしい。
「でも、確かにここに来た時点では真っ赤でした」と、天井を眺めながらその警察官は言う。
やはりその時点までは見間違いではなかったようだ。
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