#705 『暗闇の少年』

 私は物流倉庫にて荷の搬入、搬出を行うフォークリフトのオペレーターをしている。

 ある時、棚と棚の間の通路をサッカーボールが転がって行った。

 何事? 思っていると、今度はそのボールを追うようにして半ズボン姿の少年が駆けて行くではないか。

「ちょっと……ちょっと待って!」

 叫ぶが、聞こえなかったのか少年の姿はもうどこにも無い。

「こちら矢崎。一番倉庫内にて少年の姿を発見」無線でそう伝えると、本部の方でも「先程からその姿確認している」との事。

 やがて反射材付きのビブスを着込んだ警備員が数人、倉庫内に送り込まれたらしい。少年を探してあちこちをうろつき回っていた。だが――

「いたぞ!」と声は上がるが、どうにも捕まえるまでには至ってないらしい。やはり依然として転がるサッカーボールを追い掛け、少年は平然と倉庫内を走っているのだ。

 やがて業務終了のチャイムが鳴り、残業時間に突入する。しかし少年は出て行く様子が無く、変わらず視界の端にちらちらと出没している。

 午後九時。そろそろ全員帰るぞと言った辺りで、「倉庫どうしますか?」と私は本部にそう聞いた。

「構わんから電気消して、戸締まりしてしまえ」――が、本部からの指示だった。

 私は言われた通りにし、着替えをして身支度を整えた所で本部へと立ち寄った。

「まだいます?」と聞けば、「まだいる」との事。一緒に監視カメラの映像を眺めると、暗視モードで撮られている映像の中に、依然としてボールを追って走る少年の姿があった。

「こりゃアレだ。俺等じゃあどうにも出来ない類だ」と、夜勤警備員はそう言った。

 理解は出来る。暗視モードで撮られているからカメラには映るのだが、実際はほぼ光源の無い真っ暗闇なのだ。

 翌日、少年の姿はどこにも無かった。結局あの出来事は、たった一回だけの事であった。

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