#702 『異世界で人と逢ってしまった話』
都内在住のKさんと言う男性のお話し。
――それは僕が小学生だった頃。二つ年上である中学生の兄、Nと一緒に、異世界へと行く方法と言うものを試した。
それは押し入れを使う方法なのだが、インターネットで広まっているものとはまるで違い、特殊な装置(家電量販店で買えるようなものだ)を使って世界を移動すると言うもの。
まずはその装置を安定させる為にアルミホイルで機器をぐるぐる巻きにし、移動する人間は装置から伸ばしたコードをこめかみに貼り付け、押し入れに籠もる。
そして他にいくつか手順を経て装置を動かす訳なのだが、一人でその中にいた僕は何も起こらない事に落胆して押し入れから出た。だが――
外で待っていれくれる筈の兄の姿が無い。しかもやけに部屋の中が薄暗い。
玄関のドアの隙間から、やけに濃い色の赤い光が漏れ出ている。咄嗟に僕は、「ここにいちゃいけない」と思い、玄関で靴を履いて外に飛び出た。
外は目が潰れそうなぐらいに赤い光で塗り潰されていた。そして僕は気付いた。今僕はアパートの反対側の棟にいると。
当時住んでいたアパートは左右向かい合わせで鏡写しのように同じ建物が並んでいた。そして僕は、住んでいた部屋の真反対の部屋の前にいるのだと自覚する。
自分の家に帰らなきゃ――と、急いで階段を駆け下り、駐車場を横切る。
世界は赤を通り越して黒に近いぐらいの赤い光で満たされており、視界はやけに悪い。
そこで僕は声を掛けられた。「ねぇ君、どっから来たの」と。
見ればそれは世界の風景と全く同じ、全身が赤で染まった中年男性で、顔はもう赤で塗り潰されて表情も分からない。そんなオジさんが、「こんなとこ来ちゃ駄目だよ」と僕に注意するのだ。
「今、戻る所です」と、自分の家の玄関を指差せば、「あそこかぁ」とオジさんは言い、「急いで」と僕の背中を叩く。
走り出す僕。その背に向かってオジさんは、「もう来ちゃ駄目だよ」とそう叫んだ。
階段を駆け上り、玄関の前に立つ。首からぶら下げた合鍵でドアを開けると、僕は迷わず襖が開けっぱなしの押し入れの中へと飛び込んだ。
次に押し入れから出ると、そこは全く見知らぬ家の中だった。僕が玄関から出てみればもう赤い光はどこにも無く、駐車場を挟んでその反対側に僕の住む家の玄関が見えた。
家へと帰れば半泣きの兄が押し入れの前で座り込んでいた。兄は僕を見付け泣きながら帰りを喜んでくれたのだが、どう言う経緯で僕は外からここに帰って来たのか全く分からなかった。
これは後で兄に聞いた話だが、僕が押し入れに閉じこもって少しすると、押し入れの隙間からやけに濃い色の赤い光が漏れ出て来たそうだ。
そして兄が襖を開けると、僕の姿が無い。もしかしたら本当に、異世界へと飛んでしまったのかも知れないと焦っていたのだと言う。
ちなみに例の装置は押し入れの中から忽然と消え、今もまだ見付かっていない。
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