#673 『地球儀』
Aさんと言う、福岡在住の女性の方の体験談。
――従兄弟の訃報が入った。私よりも三つ上の兄なので、三十手前の筈である。
取るもの取りあえず親戚の家へと向かえば、一人息子を亡くしてしまった伯母は、泣き暮れていた。
従兄弟の部屋は相変わらずの殺風景さだった。昔から物を置くのを嫌い、部屋には必要最低限のものしか無かったのだ。
ただ、“例”の地球儀はまだそこにあった。従兄弟が何よりも大事にしていたあの地球儀だ。
従兄弟の葬儀が終わった後、伯母は私を呼んで、なんとあの地球儀をもらってくれないかと言うのである。
「どうして?」と聞けば、「前からあれだけは異常なぐらいに触れられるのを嫌がっていたから」と言う。
確かにそうだ。私にも記憶がある。従兄弟の部屋へと行けば、その地球儀だけは絶対に触るなと、病的なまでにその行為を嫌っていた。
私は「分かった」と頷き、なるべくその地球儀の表面に触れないように箱へと仕舞い、家へと持ち帰ったのだ。
さて、従兄弟の兄は一体何をそう恐れていたのだろう。私は棚に置いたその地球儀を眺めながら考えたが、当然のようにこれと言った理由は思い浮かばない。
その晩、私は奇妙な夢を見た。あの地球儀を眺めながら嗚咽する人の夢。
夢は何故かその人視点の為、嗚咽している人の姿形は分からないのだが、声でその人物が女性である事だけは分かる。但しその言語は日本語ではなく、どうやらフランス語のようで、内容はさっぱり理解出来ない。
目が覚めて気が付く。従兄弟があれだけ執拗に触れさせたがらなかったのは、その夢が原因なのではと。
だがあの夢の内容だけでは、やはり“触るな”の意味が分からないのだ。私は少しだけ意地悪な気持ちで、地球儀の表面に手を付けて勢い良くそれを回してみた。
――同時に、電話が鳴った。見ればそれは非通知で、一体誰だと思って通話にすれば、「××堂です」と低い声の男性が出る。
どうやらその男は古物商らしく、どこでどう話を聞いたのか、「地球儀、そちらにありますよね?」と聞くのだ。
「あります」と答えると、「契約違反なのでご返却願います」と言うのである。
「何が違反なのですか?」と聞けば、「触らないようにと、再三忠告した筈ですよ」と男は言う。
触らないでくれ――か、確かに従兄弟からはうるさいぐらいに言われたが。
だが実際、そんな地球儀が家にあっても面倒なだけである。私は厄介払いが出来るものと思い、「どうぞ、お渡ししますよ」と返事をした。
すぐにその男はやって来た。しかも私には「触るな」と言っていた癖に、自分はその地球儀を猫の子でもあやすかのように大事に抱えて持ち帰ったのである。
これは後で気付いた事なのだが、もしかしたら触らせたくないのは女性に限っての事なのではないだろうか。
特に確信は無い――が、なんとなくそれが一番しっくり来るような気がしていた。
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