#667 『ピンポンダッシュ』
筆者の友人であるF氏が、今より僅か一ヶ月程前に体験した実話である。
――その日は生憎、自分以外の家族全員が出払っており、一日中一人きりとなる筈だった。
最初の出来事は、ちょうど私が遅い昼食を取っていた時の事である。茹でた蕎麦を手繰っていると、訪問者を告げるインターフォンのチャイムが鳴らされた。
誰だろう? と、リビングにあるモニターをオンにする。だが、そこには誰の姿も映らない。
間違いだったのだろうかと再びテーブルへと向かうと、同時にまたチャイムが鳴らされる。
すかさずモニターのボタンを押す。だがやはり誰もいない。私は少しだけ気になって玄関へと向かいドアを開けた。――だがやはり誰の姿も無い。
悪戯か。思い、次はもう無視をしようと決めた。するとやはり立て続けに数回、チャイムが鳴るではないか。
苛々と蕎麦を平らげ、インターフォンを無視して玄関のドアを開ける。そして私は誰もいない空間に向かって、「誰だ!?」と怒鳴った。もちろん何の応えも無い。
そうして食器を片付けていると、またしても数回、チャイムが鳴らされた。
とりあえず私はその犯人像だけでも確かめたいと思い、そっと二階へと上がって寝室の窓辺へと近付く。そこからならば、インターフォンのある門扉の様子が良く分かるからだ。
そしてとうとう、その犯人らしき人影が現われた。意外にもそれは地味な服装の女の子で、とても悪戯とは無縁そうな雰囲気があった。
だがやはり原因はその子らしく、家のチャイムが鳴らされると同時に、素早く駆け出して行くではないか。
次こそ声を掛けてやるとばかりに私は先に窓を開け、その子が来るのを待ち構える。するとものの三分もしない内にまたその女の子が戻って来た。
「何の用?」と、私は二階の窓から大声を上げる。すると女の子はとても緩慢な動きで、私の方を見上げた。
「何かご用ですかー?」もう一度言うと、女の子はにやりと私の方を向いて笑い、そして今度はとても俊敏な動きで門扉を開け、玄関に駆け寄るではないか。
タタタタタッ――ガチャ、バタン! と、階下から音がする。一気に血の気が引く。入って来たのだ。
いやしかし、玄関の鍵は閉めた筈。だが現に開いて閉まった音がしたし、何度か玄関を開けて外を確認したのだから、鍵を掛け忘れた可能性もある。私は寝室のドアを開けるなり、「警察呼ぶよ!」と叫んだのだが、当然のように返事は無い。
おそるおそる階段を降りる。そうして玄関へと向かったのだが、やはりそこは施錠されていた。
では一体どこのドアが開いたのだ? 考えるにそれは一つしか無い、裏口のドアだ。
私は廊下を進み、勝手口へと向かう。するとはやりそこのドアは施錠がされていなかった。そう言えば今朝、ゴミを出しにそのドアを開けた記憶がある。何て迂闊だったんだと後悔していると、ピンポンとインターフォンのチャイムが鳴らされた。
あぁ良かった。家にまでは入って来ていなかったんだ。そう思った途端、ドタタタタタ――と誰かが廊下を走る音がして、玄関のドアが開かれた。
「何の用?」と、嗄れた老婆のような声が響いた。
「何かご用ですかー?」と続いた瞬間、私は「もう駄目だ」と悟ってそのまま勝手口から外へと転がり出た。そうして情けない事に、私は家の中へと戻る事も叶わず、家族が帰って来るのを裸足のまま門の前で待つ事となってしまったのだ。
それっきり同じ事は起こってはいないが、あれ以来、私は一人で留守番をする事が出来なくなってしまった。
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