#666 『幽霊見たいの?』
それは入社したばかりの会社で行われた、新人歓迎会での事。
同期入社した連中はほとんどが同い年だったせいもあり、僕自身、後半は酒も入ってかなり気が大きくなっていた。
そこで突然、「あんた本気で幽霊見たいの?」と、とある女性に話し掛けられた。
ちょうど二、三人でオカルト話をしていた時だった。僕はその手の話が嫌いで、ひたすら皆の話を小馬鹿にし、全否定をしていたせいだったと思う。
「いるんだったら見てもいいよ」と笑うと、その女性はすかさずテーブルの上にあった陶器の箸置きを手に取り、それを両手に握り込んで、ふぅっと息を吹き込んだ。
女性は苛ついた笑顔で、「これ持ってなさい」と、僕の胸のポケットにしまい込む。
「いい、忠告だけど絶対にこれを捨てない事。ずっと持ってなさい。あんたが望む幽霊が見れるから」
その時は、ふざけんなと思った。だがすぐにその女性が吐いた言葉が嘘ではない事を知る。
歓迎会がおひらきとなって僕は一人駅へと向かって歩いたのだが、どうにも悪酔いをしたらしく、街の至る場所で妙な“靄(もや)”のようなものを見掛けるのだ。
なんだか嫌な気分だな。思いながらアパートのドアを開ける。――目の前に、ワイシャツ姿の男の背中があった。
「だ、誰!?」と、うわずった声で聞くが応えは無い。次の瞬間、僕は悟る。これは人間じゃないぞと。
一見すればただの男の姿だ。だが身体のあらゆる部分が人ではない印象を与えていた。
背中と言うか、上半身がやたらと大きく。逆に手は太く短く、足はやけに細くて長い。そしてうなだれて向こう側にあるのだろう顔の部分は見えないのだが、その首と禿げた後頭部は有り得ない程に巨大だったのだ。
とうとう見てしまったと僕は思った。そして這うようにしてアパートのドアから遠ざかり、駅前まで戻って二十四時間営業の店を探した。
飲みたくもないビールのジョッキを目の前にしながら、胸ポケットから例の箸置きを取り出す。
これさえ無ければ見ないのかなと思い、それをテーブルの端へと追いやるが、思い直して再びポケットの中へとしまった。
翌日の朝、アパートの玄関にいた男の姿は消えていた。
寝不足のまま会社へと向かい、歓迎会の時に会った女性の姿を探すが、どこの部署の何て言う人なのかも分からない。仕方無く次に会った時に箸置きを返そうとそれを持ち歩いていたのだが、それから約半年後、結局あの女性はウチの社員の人ではなかった事を知る。
もう既に箸置きの効力は切れたのか幽霊の姿を見る事は無くなったが、あの女性とは今もまだ会えないままである。
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