#662 『受付の窓の大きな女性』
私は長い事勤めた仕事を定年退職し、人材センターの紹介で別の仕事を始めた。
パート勤務と言う事もあり、仕事自体はとても緩く半ば遊びのようなぐらいに暇なものだった。
ある時、同じ施設内で働くHさんと言う人と知り合った。Hさんは私よりも更に年上で、駐車場の受付をしているのだと聞いた。
さて、ある日の仕事終わりにひょんな事からHさんの担当する職場を訪ねるきっかけがあった。駐車場は施設の地下にあり、彼の担当する受付もまたとても薄暗い場所にあった。
顔を出すとHさんは暇を持て余していたのか、「お茶淹れるから」と私を手招きする。そうして私は六畳程度の狭い部屋の中、他愛もない話をしながらHさんとそこにいたのだが――
「こんにちは」と、受付の開け放った窓から声がする。女性の声だ。
ふと私はそちらに目をやる。だが、そこに“誰か”がいるのは理解出来ても、誰がどのような格好でそこにいるのかが理解出来ない。
「駐車券無くしたのですが」
言われてHさん、「あぁ、いいですよ。そのままお通りください」と返事をする。
ゆるりと、その“誰か”が歩き出す。それを見て私は思わず両手を口に当てて悲鳴を飲み込んだ。女性は、有り得ない程に背が高く、そして痩せ細っていたのだ。
窓から見えるその姿は、グレーのスカートを履いた腰の辺りと、紺のカーディガンを着た上半身のみ。窓はそこそこに大きいのに、顔は完全に窓の上へと出ていて、襟首程度しか見えないのである。
ふぅ、ふぅ――と、深呼吸でもしているかのような息をして通り過ぎるその女性。
完全にその姿が無くなってからようやく、「毎日来るんだ」と、Hさんが笑った。
さて、その女性。いくら待っても車で出て行く気配が無い。ふと見ると、受付の窓の両内側に、小さく塩が盛られているのに気が付いた。
要するに、そう言う類のものなのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます