#654 『四隅の子供』

 統合失調症を患う、Iさんと言う女性のお話し。

 ――それは、親元を離れて一人暮らしをしようと不動産会社を回っていた時期の事。

 友人であるS子を連れて、とある一軒家へと案内された時に、その事件は起こったらしい。

「ここ、やめた方がいい」とS子。「どうして?」と聞けば、「妙なものが見えた」と、彼女は言うのだ。

 案内が終わり、二人でお茶をしようと喫茶店に出向くと、「なんか狭い正方形の部屋があったでしょう?」と、S子は聞く。「あの部屋の四隅に、白くて小さい子供が座ってた」と言うのである。

「絶対にあの家は駄目よ」と念を押されて別れたのだが、何故か私はその日の内に、「あの家にします」と不動産会社に連絡を入れていた。

 引っ越しはすぐに済んだ。元々そんなに荷物は多くないのだ。

 私はあれだけS子が「駄目」と言っていた部屋にベッドを持ち込み、そこで組み立てた。

「四隅ねぇ……」と言いながら四方を見るが、確かにそこには子供がいた。真っ白で、裸の子供が四人。体育座りで隅に鎮座しているのである。

 そこにS子から電話が入る。出るなりS子は「あなたどこにいるのよ?」と、相当な剣幕である。

「あの家に決めたよ」と私が言えば、S子は絶句した後、「あの部屋には絶対に入らないでね」と返す。そして私が「その部屋にいるの」と言えば、「すぐに行くから」とS子は電話を切ってしまった。

 電話を切った後、何故か私はとても気分が高揚し、高笑いをしながらベッドへと飛び乗り、横になった。そして記憶はそこまで。気が付けば私は、実家の自分の部屋だった。

 間もなく私は、両親に連れられて精神科へと出向き、統合失調症を告げられる。

 私は引っ越し先の家の事を聞くのだが、「そんな家など無い」と言われるだけで、あの時の出来事を無かった事にされるのだ。

 だが、借りた家の鍵はしっかりと私の手元にあるし、そこを管理する不動産会社の場所も覚えている。

 ただ一つ気掛かりなのが、電話のアドレスに残るS子の番号である。

 あれから何度もS子に電話をしているのだが、ただの一度もつながらないのだ。

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