#651 『風呂場からの異音』

 親の事業の失敗が響き、住む家を代える事を余儀なくされた。

 越した家はそれなりに大きくはあったのだが、とても古く、なんとなく不気味な感じがした。

 さて、越して間もなくの頃。私がお風呂に入っていると、ギギッ――ゴリゴリ――と、どこからか“何かを引き摺る音”が聞こえて来た。

 家族の誰かが何かしているのだろうと思っていたが、音は止む事なくずっと続いている。

 風呂上がりに家族にその事を訊ねるが、不思議と誰も、そんな音の出るような事はしていないと言う。

 だがその日を境に、その音は私がお風呂に入っていると必ず聞こえるようになった。

 風呂を出ると止む。入るとまた始まる。そんな繰り返し。そしてその音の原因は全く分からず終いだったのである。

 ある晩の事、いつも通りに例の音が響いて来た。ギギッ――ゴリゴリ――

 あぁ、また始まったと思った瞬間、ギギギギギッ――ズズズズ――バタンッ! と、激しい音を立て、“何か”が倒れて崩れたような音が轟いたのだ。

 さすがにこれはおかしい。思って急いで風呂を出る。そして家族を呼ぼうとして思い留まる。その晩は両親はおろか、祖父も兄もいなかった事を思い出す。

 じゃあ一体、誰が立てた音なのよ。思いながら私は急いで服を着て、今尚続く軋み音を頼りに家の中を捜索し始めた。

 やがて軋み音は、水が滴る音に変わった。びちゃびちゃびちゃびちゃ――ダダダダダダ――と、激しく水の漏れる音。だが音を頼りに歩き回ってみても、それらしき場所はどこにも無い。だが、音のする場所は分かった。二階にある廊下の中央であった。

「ここから音がする」と思った瞬間、背後から両肩を掴まれ激しく身体を揺さぶられた。

「いやぁあああぁ――」と叫び声を上げた瞬間、目に入ったのはお母さんの顔。

「あんた生きてる!?」と、母は言う。気が付けばそこは浴室で、私は湯船に浸かっているのだ。

 母曰く、帰って来たら私の姿がどこにも無く、風呂かなと行ってみたら、半ば溺れかけた私が浴槽の中にいたらしい。

 あれから数年が経つが、あの異音は未だ聞こえる。

 それから私は、シャワー以外は使わなくなった。

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