#647 『一階奥の手洗い場』
これはまだ私が小学生だった頃の話である。
当時、通っていた小学校はとても古い木製の建造物であった。
それでも校舎は三階まであり、全校生徒含めて百七十人ほどの子供達がそこで授業を受けていた。
さて、私が四年生になったある日の事。今までは当たり前の事だったので特に気には留めていなかったのだが、同級生の一人が、「どうして一階奥の手洗い場だけは数段下にあるんだろうね」と言ったのである。
それは確かにその通りで、校舎自体に地下は存在していないのに、何故か一階奥にある手洗い場だけは、僅か五段ほどの階段を降りて行かないと辿り着けなかったのだ。
すぐにその事を担任の先生に聞いてみた。だが先生は「まだここに赴任して五年の僕に、そんな事分かる訳ないじゃん」と苦笑する。仕方無しに、普段は滅多に話す事もない校長先生に突撃するも、「いやぁ、私もそれは分からないな」と言われる始末。結局その事は分からず終いになる筈だったのだが――
「知ってるよ」と言う人が現われた。一学年上の先輩の、K子さんと言う人である。
「多分この校舎作った人が、考えてそうしたんだろうね。少し下にさげておかないと、“手が届きそう”なんだもん」と、訳の分からない事を言う。
「付いておいで」とK子さんは我々を連れ、その手洗い場まで行く。そうして蛇口の前に立ち、真上を指差してこう言った。
「ここに逆さ吊りの女がいる」――と。
逆さに吊られた女の手は、ぶらんと下に伸びており、数段下に手洗い場を作っておかなければ、そこで水を使っている人の頭に、“手が届きそう”なのだと言う。
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