#646 『トンネルをくぐる夢の話』

 今以てあの時の夢が何だったのか分からない――と語るのは、幼い頃福島県に住んでいたと言う仁科さんの体験談である。

 ――ある晩、妙な夢を見た。細い山道を通って、私は一人、山を登っている。

 ようやく坂がなだらかになった辺りで、未舗装の車道へと出た。見ればその車道の先には暗く短いトンネルがある。トンネルを抜けた先には車止めだろう杭が三本、刺さっているのが見えた。

 夢はそこで終わる。特に怖い所も無い。だが目を覚ました私は、じっとりと全身に脂汗をかいているのだ。

 夢は連夜見た。それは決まって同じ夢であり、トンネルに差し掛かった辺りで目が覚める。

 それが一週間程続いたある晩、福島に住む実家の母から電話が来た。母は私の名を呼び、「トンネルは絶対にくぐるな」と言うのである。

 どう言う意味かと聞けば、「あんた毎晩、同じ夢見てるだろ」と母は言う。

 確かにその通りだと素直に言えば、「絶対にそのトンネルはくぐらないでくれ」と母は念を押す。

 私はその理由を問う。すると母は、「今度実家に帰って来たら全て話す」と言って電話を切ってしまった。

 その晩、またしても同じ夢を見た。だがいつもとちょっとだけ違うのは、そのトンネルの中を“誰か”が通り抜けて行く後ろ姿が見えた事。そして私はなんとなく、そのシルエットが母のような気がしてならなかった。

 それっきり夢は見なくなった。代わりに、実家の母が亡くなったと言う連絡を受けた。

 母から電話が来た、二週間後の事である。

 葬儀の為に実家へと帰ると、姉がぼそりと一言、「終わったらあんたに話がある」と言う。

 納骨まで終わり、葬儀の全てが滞り無く終わった後、姉は「着いて来い」と言って車に私を乗せ、どこかへと向かった。

 着いた先は、まさしく例の夢に出て来たあのトンネルだった。見れば遠くに、車止めの杭が三本刺さっているのが分かる。

「ここ、どこ?」と姉に聞けば、「昔、母が嫁に来る前に住んでいた村に通じる道」と姉は言う。

「村はまだあるの?」と尚も問えば、「あるらしい」と姉は言い、「でも絶対に行くなって言われている」と悲しそうな顔をするのだ。

 私は家へと帰った後、そのトンネルの向こうにあると言う村の事を調べに掛かった。

 だがその地図を見ても、どの資料を探しても、トンネルの先には何も存在していないのである。

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