#643 『ただいま』
上手く「こんな事がある」と言い表せないのだが、私が越した先のアパートメントの部屋は、なんとも言えず気味が悪いのである。
特に何かが起きた訳ではないし、何かを見た訳でもない。だがそこにいるとどうしても、その空間に“もう一人”の気配を感じる。そんな部屋なのだ。
ある日の事、友人にその事を告げると、友人は少しだけ困った顔をしながら、「そこに何かがいるのかを確かめる方法はあるけど」と言うのだ。
私が「教えて」と食い付くと、「勧められない」と言う。
どうしてと聞けば、「いるかいないかを確かめるだけであって、いたとして祓える訳じゃないから」と言うのである。
それでも教えてと頼めば、「私の言う順序通りにやってみて」と友人。
まず家に帰ったら、部屋の電気は一切点けないまま玄関のドアを閉める。そして部屋の奥の方へと向かって、「ただいま」と、なるべく大きな声で言う。それだけ。
一週間それを試して、何もなければそこには何もいない。だがもしもいるとしたら、「ただいま」の後に何かしらの合図を送って来ると言うのだ。
なんとなく不気味だが、私はその夜の内にそれを試す事にする。
友人の言った通り、部屋の電気は点けずに玄関のドアを閉め、軽く息を吸った後、真っ暗な部屋の奥へと向かって声を上げる。
「ただい『おかえり』
目と鼻の先から聞こえた。
私は転ぶようにしてドアから飛び出て、二度とその部屋に入る事をせず引っ越しを決めた。
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