#642 『夜勤のルール』
昭和五十年代頃の話だ。
当時、私は二十五、六ぐらいの年だったと思う。素行が悪くとても飽き性なのが災いし、どの仕事も長続きしていなかった。
ある時、とある大型スポーツジムの募集で採用となり、夜間勤務の仕事を得る事となった。
内容はただ単に警備である。但しその警備は少々特殊で、一般の客の目に触れる事の無い地下のボイラー設備を見守るだけの仕事だった。
ジムはその当時にしては珍しい二十四時間営業の店で、当然の事ながら深夜でもボイラー設備は動いているのだ。
そして勤務初日。一緒に夜間をして仕事を教えてくれるのは多田さんと言う、やけにくたびれた感のある中年男性だった。
多田さんは言う。「仕事らしい仕事はほとんど無いけど――」と、やけに奥歯にものの挟まったような言い方をする。
「深夜零時を過ぎた頃の訪問者は完全に無視しろ」
良く意味が分からない。だが多田さんも詳しくは教えてくれない。どうせその時間になれば嫌でも分かるからと言うだけである。
そして、意味は分かった。地下にある詰め所で夜を過ごしていると、突然その詰め所のドアがコンコンとノックされた。
多田さんはそれを聞き、立てた親指でドアを指差し、「あれ」とだけ言う。
「無視でいいんですか?」と聞けば、「むしろ開けたら終わり」と笑う。
なんだそれ、冗談じゃ無いぞ――と、結局私はその一晩限りで仕事を辞めた。
あれから数十年が経っているのだが、その当時のスポーツジムは今もある。但し既に十年以上が経っている程の老舗の廃屋であり、心霊系YouTuberが忍び込み映像を垂れ流していたりする。
その映像の一つに、私の興味を惹くものがあった。
コンコン――「あれ? 今なんか聞こえた」と、若者が素っ頓狂な声を上げて振り向く。
例の地下の詰め所の辺りの映像である。
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