#637 『殴られる男』

 知り合いの女性霊能者さんが、印象に残る話をしてくれた。

 ――とある依頼者が家にやって来た。

 その依頼者である男性は目を青く腫らし、唇も裂けた傷が残ったままの姿での訪問だった。

 男性曰く、寝ていると急に殴られるのだと言う。もちろん家には彼一人だけらしい。

「昔ね、赤い海を見ちゃったんですよ」と、依頼者に付き添って来た男は語る。

 昔、とある地方にて、この海岸で赤い海を見ると死ぬと言われる場所があったのだが、実際にそこでその赤い海を見てしまったと言うのだ。

 空は真っ黒な雲が掛かり、海は血のように赤く、海岸には誰もいなかったと言う。

「見てしまったけど、まだ死んでないので、大丈夫ですかね」と、依頼者の背後の男は笑う。

 その霊能者さん曰く、「彼はまだ自分が死んでいる事に気付いてない様子で」と話してくれるのである。

「話の意味が分からない」と私が言うと、依頼者であるその男性の背後に、「赤い海を見た」と語る霊が憑いていて、聞いてもいないのにその霊がそんな話をしていたのだそうだ。

 そして霊能者さんはその霊を祓いはしたのだが、元より浮遊霊らしく、たまたまその依頼者にくっついて訪問しただけであり、祓った所で意味も無いのだと言う。

「それで、その殴られる男性の方は無事におさまったのですか?」

 聞くが、「あれは霊障じゃないですよね」と、霊能者さんは笑う。

「生きた人間に殴られた傷なので、霊は関係無いですよ」と言い、「何か霊の仕業にしたかったのでしょう」と、話をまとめた。

 結局、赤い海を見たと主張する霊との関係は、まるで分からないのだと言う。

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