#627 『毎年同じ時間に掛かって来る電話』

 聞く方によっては少々不愉快になるかも知れないお話しではあるが、敢えて掲載させていただく事にする。

 I県に住む菅原さんと言う女性の方の体験談。

 ――今年で十一度目になるのだが、毎年同じ日の同じ時間、我が家の固定電話が鳴り出すのである。

 出るとそれはいつも同じ人であろう中年女性の声で、もしもしと言う挨拶も何も無く、「逃げて!」と言う第一声で始まる。

「どなたですか?」と言うこちらの問い掛けには応じない。「早く逃げてぇ!」と言う悲壮な叫び声に続き、すぐにそれは切られる。

 それは決まって三月の十一日。午後の三時前後の事である。

 この日に何があったのかは、すぐにピンと来られる方も多いと思う。死者数万人と言う被害のあった、東日本大震災の日である。

 但し、私の住む家は東北では無いし、身内や親類に被害の遭った人はいない。だと言うのに、どう言う間違いなのか毎年その日のその時間になれば、その謎の電話が掛かるのだ。

 そして今年で十二年目となる同日、その電話を恐れる家人達の提案により、その日だけは電話のコードを抜いておくと言う行動に出た。

 当然、電話は鳴らなかった。

 私を含めた家族全員、その時刻に黙祷を捧げた。

 来年はもう鳴らない事を祈るばかりだと、菅原さんは暗い顔でそう語ってくれたのである。

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