#626 『ネイル』
最初に気付いたのはカラーコンタクトレンズだった。
スリッパの底で、「何か踏んだな」と感じた。慌てて見てみればそれは青く小さなゴム状のもので、うっすらと透き通っている。
「何だこれは?」と、思わず言葉が口をついて出る。なにしろ僕が生活しているこの家の中で、同様の物を持っていると言う記憶が全く無かったからだ。
それは何度か家の中に現われた。いずれも色が違っており、緑のもあれば赤いものもある。
それはいつも決まってリビングの床に落ちており、しかも必ず一つだけ。それがカラーコンタクトレンズだと知ったのは、それからもう少し後の事だった。
次に現われたのはネイルチップと言うもの。いわゆる、つけ爪だ。
しかもそれはとても派手で目立つもの。いかにも若い女性が好んで付けるような印象のものだった。
次に現われたのは、なんと“つけまつげ”で、僕がノートパソコンで作業をしていると、そのモニターの上にふわりと落ちて来て、思わず毛虫か何かかと思い悲鳴を上げたほどだった。
以降、その三点が僕の住む部屋の中に度々現われた。時には深夜、突然コツンと音がして、その方向へと向けばカラフルなネイルチップが落ちていたりした事があった。
僕はその度天井を仰いで見るが、どこにもそんなものが落ちてくるような隙間は無い。それらがどこから出現し、落ちて来るのかはまるで分からない。
ある時、客先との打ち合わせで都内の喫茶店に落ち着いた際、隣に座った女性二人組の内の一人が、やけに印象に残る事を言っていた。
「家で時々、ネイルとかカラコンが一つだけ無くなるんだよね」と、右手の指を差し出して言う。見ればその内の一つだけ、チップの貼られていない指がある。
何故か探しても出て来ないの――と、その女性は言う。それが僕の部屋と関係があるのかどうかは知らない。
だが今も時々その落とし物は現われて、謎の拾得物は増える一方なのである。
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