#623 『襖の開く家』

 叔父の奥さんが身体を悪くしたとの事で、それまで叔父の家にいた祖母が、我が家へと来る事になった。

 祖母は足腰が弱く二階には上がれないとの事で、一階の奥の方の物置を改造し、そこを祖母の寝室とした。

 さて、祖母が家へとやって来て一ヶ月ほど経った頃。家の中で怪異が起こるようになった。

 場所は決まって、祖母の部屋周辺。まず最初にその怪異に気付いたのは、母であった。

「誰かが廊下を横切って、義母さんの部屋に入って行った」と言うのだ。

 だがその「横切った」と言う言葉の意味が分からない。すると母は、祖母の部屋の真向かいにある“味噌蔵”から廊下を横切って、何者かが祖母の部屋へと向かったと言うのである。

 ちなみにその味噌蔵とは、ただ単に広くなっている勝手口の玄関の事で、自家製の味噌を貯蔵している樽がいくつか置かれている事から付けられた名前である。

 勝手口の戸は横に滑って開く戸であり、常に内側からつっかい棒をされて開かないようになっている。当然外からはどうやっても開ける事が出来ないのだ。

 だがそれでも怪異は続いた。それは決まって祖母の部屋と勝手口へと続く板戸が開き、“何者か”が廊下を横切り祖母の部屋へと消えて行くと言うもの。そしてとうとうその怪異は、私自身も目の当たりにする事となった。

 トイレから戻り、祖母の部屋の前を通り過ぎる。そうして数歩歩いた所で、背後から“タン”と、勢い良く襖の開いた音がする。

 一瞬、祖母かなと思って振り向いた。すると全く見ず知らずの男性が廊下を横切り、祖母の部屋へと入って行くではないか。

 あらん限りの私の悲鳴で、家中の人が集まった。父が祖母の部屋へと入って行くと、祖母は布団の上で手を合わせ、震えながら念仏を唱えていたと言う。

 さすがに誰もが、「何かあるな」と勘付いた。だがその何かが分からない。誰もが祖母の部屋の持ち物を疑っている中、私は逆に味噌蔵の中を調べた。

 暗いので懐中電灯で至る場所を調べて見たのだが、気になった所はあった。祖母の部屋から見て、襖と板戸を開けたその真正面の壁に、とても古ぼけた鏡が一つ、ぶら下がっていた。

 何これとその正面に立ち振り返ると、襖を開け放った祖母の部屋の中に、姿見があった。

「合わせ鏡だ」と私が言うと、父が飛んで来てその鏡を蹴り割った。

「どうしたのよ」と聞けば、「お前は鏡に背を向けていたのに、鏡の中のお前はこっちを向いてた」と言うではないか。

 鏡は無くなった。同時に怪異は何も起こらなくなった。

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